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空の玉座と召喚士の悲鳴 6

 王都に戻ると街は妙に静まり返っていた。魔物の血を浴びている俺の格好を見ても誰も何もリアクションを起こさない。まるで俺が見えていないようだった。

 王城に入る。警備兵も同じだ。

 リグムが死んだから報告を済ませようと思い、とりあえず玉座の間に向かう。

「あ、お帰り。アイバ」

 カイセルの無邪気な声が俺を迎えた。

 カイセルは玉座に座っている。その周囲には総統だとか王姫とか王とか大臣だとかが、跪いていた。

「ああ、やっぱりかよ……」

 リグムや、魔物達は何かの魔法によって操られていた。だがあんな魔法は本来存在しない。存在しないような魔法を作り出せる魔術師は限られている。

「なんでこんなことしたんだ」

「ええと、アイバはどこまでわかってるの?」

「お前が洗脳みたいな類の魔法を使えて、魔物の群れとリグム達を操ってたこと。それからいま王都の人間すべてがお前の支配下にあることくらいだ」

「洗脳、とはちょっと違うかな。僕の呼び出した召喚獣は寄生するんだ」

「寄生?」

「そう。人間の脳にね。元々アリの脳に寄生する菌があることを知ってさ、召喚して培養して研究して、強化してみたんだ。んで、魔物の脳に寄生させることはできたし、魔力のラインも通せて僕の命令は聞くみたいだったから、とりあえず魔物の群れに放してそこを菌の巣窟にした。で、人間の脳にも住ませられそうだったから、使ってみた。自信作だよ。乗っ取るまでちょっと時間がかかるので難点だけど。あ、アイバとロットウェルに使わなかったのは、二人のことが好きだったから。培養した魔物に人間を襲わせたのは、君をここから出すためだ。アイバはさ、ここにいたら僕を止めただろ」

「……なんでこんなことをした」

「うるさかったんだ」

「うるさい?」

「うん。小さいときから暗殺とかで危険だからって、部屋に閉じ込められて育ってさ、魔王と戦えとか、財政困難だから働けとか、いきなり言われても迷惑なんだよ。僕にはそんなことできないんだ。で、一つ思いついた」

「……」

「僕が変われないならみんなが変わればいいじゃないか」

「そんなことのために、か」

 俺は剣を握り締めた。

「ああ、一応言っておくけど、僕を殺してもこの魔術は解けないよ」

「わかってる」

「どうせどうしようもないんだからさ、一緒に遊ぼうよ、アイバ。人間で遊ぶのって、結構楽しいよ。こんな風にさ」

 王姫が突然服を脱ぎ始めた。兵士が性器を露出させる。全裸になった王姫が跪いて口を開く。兵士が放尿する。王姫は口一杯に受け止めながら心底嬉しそうな顔をした。快楽の神経までカイセルの召喚獣に蝕まれているらしい。見ていられずに俺は二人の首を落とした。

「気に食わない?」

「……ああ」

「そっか。じゃあ仕方ないね。まったくリグムも面倒な人格を植えつけたなぁ」

「人格を植えつけた?」

「うん。君の本名さぁ、ガーレ=アークって言うんだよ」

「は? 俺が?」

「うん、君ね。僕が召喚したんじゃないんだ。アストナ=フェン=ナイトロールとの決闘のあと、あっちの皇帝以上に君は民衆に人気が出ちゃってさ。帝国は奇襲作戦と命を打って、君を絶対に達成不可能な任務に割り当てたんだ。汚名を着ずに君を殺すためにね。

 ナイトロール一柱の本家を襲撃したんだよね。

 君は強かったけど、バカだった。アストナ一人なら打ち倒すことができた君だけど、リグムを中心とした集団戦闘を前に敗れた。君は捕縛されてリグムの他にカルートリア=セルル=ナイトロールとか、生態系の魔術師を中心に、偽の記憶を植え付けられた。

 異世界から召喚されたなんて荒唐無稽な話を使ったのは、君の容姿が赤や金の髪の多い王国の人間としては無理があって、他国の人間としてなら帝国のことは避けて通れない問題だったから。記憶に接続できないようにしたけど、頻繁に琴線に触れるのは避けたかったんだって。

 ちなみに君の記憶のベースになったのは小説だよ。もし魔法がなくて、代わりに科学っていう技術があったら世界はどうなっていたか。っていうお話だった。魔法崇拝気味だったアストナが怒って焚書にしちゃったから、リグムが持っていた一冊以外はこの世にないらしい。読む? あげるよ。僕は結構おもしろかった」

「……なんだよ、それ」

「君は帝国に戻ったらいいんじゃないかな。たった半年だ。まだ君を覚えてる人間はいっぱいいると思うよ」

「俺を殺さないのか」

「まさか。なんで僕が君を殺すのさ。僕はね、いまとっても嬉しいんだ」

「……」

「これからは誰の声もうるさく感じずに済む。僕は誰にも聞こえない悲鳴を挙げずに済むんだ。こんなに安らかな気持ちになったのは始めてだよ」

 カイセルはたった一人だけの玉座で、本当に心の底から嬉しそうに笑った。

「さよなら、アイバ。できれば元気でいてね」

「ああ、さよなら。カイセル」

 血まみれの刃を納めて俺は玉座を出た。

 俺は無敵の勇者だったはずだ。

 だがどんなに鋭い魔剣でも振るい手がいなければ何も斬ることはできない。何をしても無駄だった。誰も帰ってこないし、ここでカイセルを斬ったところで何も変わらない。俺の無敵の強さは既に意味を失っていた。

「はは……」

 どこまでも俺は虚しく滑稽な道化にすぎなかったらしい。

「くだらねぇ」

 俺は王都を出て、どこか別の場所を目指して歩き始めた。

 ここじゃなければ、どこでもよかった。



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