外伝・裁きの刻 3
リグム=フェン=ナイトロールが最初にやったことは、王国が崩壊したことにより散り散りになってしまった各都市の橋渡しだった。帝国軍もカイセルの件で甚大な被害を受けたとはいえ、街ごとに持つ守備部隊だけでは不安が大きかった。リグムはこれをまとめて帝国に対抗する戦力を整えようとする。王国の守りの要である城壁都市ヴァルクリフが落とされ、一刻の猶予もなかった。
帝国軍が部隊を再編し、王国への侵略を再開するまで一月も掛からなかった。独力では守り切れないため、多少不利な条件を飲んででもガルドメイスに救援を依頼した。莫大な額の金が動いた。
ガルドメイスは軍を派遣する。シャルトルーゼからの要請で軍隊を出さなかったのは、やはりシャルトルーゼから受ける恩恵が少なかったからだ。帝国と直接隣接するのは、ガルドメイスとしても望むところではない。奇しくもゼルドとリグムは並んで戦うこととなった。
残党兵といえど練度の高い王国兵だ。そしてガルドメイスを構成するドグルやバルド族の兵隊達は、人間兵よりもはるかに身体能力が高かった。さらに最前線に立つリグムと拮抗できる魔術師は、アルテアとフィーリアを失った帝国にはいなかった。正確にはヒノモトから下ったキサゲ=アカラギという、飛び抜けて強い魔術師がいたが、登用して間もない彼を元老院が信用しなかった。またシャルトルーゼで起こった内乱の処理に追われ、リゼレッタ=レヴィンはこの戦いに参戦できなかった。
その後、王国兵達はガルドメイスの協力を得て、シャルトルーゼを取り戻すまでに至る。もっともこれはガルドメイス側が出した協力の条件だった。シャルトルーゼとガルドメイスを隣接しており、この状況を嫌ったからだ。
こうして、王国崩壊後にリグムは一つ実績を作ってみせた。
『少ない損害で帝国を退けて見せた優秀な軍人』として、彼は対帝国の防備を各都市に任されるようになる。元々は別々の都市の軍隊だ。階級や識別に苦労を要し、またそれぞれに対抗意識があった。軍が一枚岩ではない危険な状況だった。現にシャルトルーゼ奪還に露骨に嫌な顔をした街もあった。軍事費は各都市が自腹で出しているのだ。奪還後のシャルトルーゼから得た収益を分配することで、どうにか不満は収まったのだが。
こうした状況が長続きするのは好ましくない。かつての王国のように軍は国家がひとまとめに管理し、各都市に派遣する。その維持費も国家が払うことを望まれていた。
しかし王国はもうない。なければ作ればいい。と、リグムが提案する。
残った都市の中で最も経済的に発展していたレーウェルンという街に、各都市の主要人物を集めて議会が開かれ、暫定的な決定を行った。帝国への対抗手段が検討され、リグムを総統とした各都市軍合同の軍隊が作られた。その維持費はチェインジュディス王国時代からの制度を引き継ぎ、税から出されることになった。
君主は誰にするか? という議題に参加していた者たちの目の色が変わったが、リグムが共和国製にすればどうか? と発言すると小都市の人間が挙って賛成した。絶対君主制では、経済発展して税金をよく払う主要都市に比べ小都市の意見が犠牲にされがちだったからだ。賛成多数となり、主要都市の面々は強制的に共和国制に納得させられた。
彼らは自分たちを守る軍隊という盾を差し出してしまった。軍隊というものは、経済活動にはほとんど貢献しないくせにやたらと維持費を食う。できることなら手放してしまいたかった。今回の提案は彼らにとって渡りに船だった。
今回、主要都市の人間達は小都市の人間に、多数決という形で一方的に押し込められた。通常、その決定がよっぽど不満ならば共和国から抜ければいい。だが軍がなければ抜けれるのだろうか? 潰れるのではないか。他ならぬ共和国に。
彼らはしばらくしてようやく、共和国制という甘言の中に潜む罠に気付いた。
気づかなかったのも無理はない。彼らは“都市”の政治家であって、“国”の政治家ではなかったのだから。
やがて政治は小都市有利なように設定されていく。
大都市圏では税が高くなり、小都市には交付税が政府側から支払われた。貧困の差が少なくなり、誰でも人並みの生活ができるようになった。スラム街が消え、笑顔が増えた。
もちろん大都市はいい顔をしなかった。だが強く出れない。共和国政府と違い軍事力を有していないからだ。だが不満は膨らみ、ある大都市の政治家が調査の末に、小都市群を告発した。
『小都市群は交付税を議員の私利私欲のために使っている』
それは交付税の性質上ある程度起こり得ると思われていた問題だった。
交付税はある年度の内に使い切らなければ、残った額を返還させた上で次の年度の交付金を下げられる。よって、小都市群は残額すべてを使い切ろうとした。だから本来必要でないものに使う場合もあった。例えば道路。例えば公務員宿舎。例えば談合。
これらは必要悪だと考えられている。どんな使い道であれ金を流し込むだけでも経済発展のための効果があるのだ。
しかし大都市の住民はそうは考えなかった。自分たちの支払った税が“無駄金”として使われている。と捉えた。そして共和国に対する不満が爆発した。
大都市圏で大規模な住民の反乱が起こった。リグムは途方にくれる。彼は基本的に善良だった。だから自国民に対して軍隊が力を振るうことを潔しとはしなかった。対話による解決を求めたが、小都市重視の政治を行う限り彼らは抑えきれなかっただろう。
悪いことに大都市から入ってくる税がなければ、軍隊の維持ができない。交付金の支払いができない。交付金が入ってこないとわかれば小都市も離れていく。
そうして対話に望んで大都市圏に出掛けたリグムの、
首が落ちた。
何もないところでいきなり胴体から首が離れた。死んだ。一瞬の出来事だった。まるで見えない鎌に襲われたかのように。なんの前触れもなく起こった。
「……成功するなら放っておこうと思っておいてもいいと思ったけど、失敗したなら生かしておく理由もない」
現場からそっと、ドグル族の男が離れていくことに誰も気づかなかった。
リグムが遠距離戦を最も得意としたように、ゼルドが得意としたのは暗殺だった。