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外伝・裁きの刻 1

 ――偉いやつは死んだ。愚かなやつは死んだ。優しいやつは死んだ。卑劣なやつは死んだ。仲間は死んだ。敵は死んだ。俺は死んだ。お前も死んだ。さあ、次は誰が死ぬ?


   ヒノモトの戦士 アカキ=キサラギ



 アルテア=アークは腕を治してもらった。ヨゼフは生きていた。というか一度死んだのだろう。そのあたりにあった砂からヨゼフの頭が生えてきた。

 いまさら腕などどうでもいい。とアルテアは少なからず思っていたが、利き腕がなくては飯を食うにも一苦労だったことを思い出して素直に喜んでおくことにした。ヨゼフにつけてもらった新しい腕は、砂で出来ているようでまだぽろぽろとたまに崩れた。大丈夫なのかこれ?と尋ねるとそのうち馴染むよ。と笑って返ってきた。正直なところ激しく不安だった。

「巻き込んで悪かったね。君はこれからどうするんだい?」

 ヨゼフが言う。深い意味があったわけではなく興味本位といった感じだった。

 アルテアはなにげなく視線をあげた。空を見た。ただ広くて青かった。雲が流れていて、上では風が強いようだ。

「特に考えてないや」

 帝国には帰れない。

 どこか別の場所で生きるすべを探すしかない。それにはアルテアの白髪は目立ちすぎるのだけど、自分のことを知ってる人間なんて数多いはずだった。帝国から思いっきり離れてみよう。向こうなら西かなぁと、漠然と考える。

「そっか……」

 ヨゼフの口調はどこかさみしそうだった。

 首を傾げる。

「いや、ぼくは案外君のことを気に入ってたんだよ」

「ガンドラの戦役以来、顔をあわせてないと思ってたんだが」

「うん」

 多くは語る気がないらしかった。別に問い詰めたいようなことでもなかったので、アルテアは適当に歩き始めた。

 ヨゼフがアルテアをずっと見ていたことなんて知るよしもなかった。ナイトロールの血筋の中でもとくに強い魔術師を多く生み出しているウェルト家の嫡子として生まれ、奴隷にまで落ちた人間が底辺から帝国騎士の筆頭まで駆け上がる。アルテアの人生は観賞する分にはとても辛く、また楽しいものだった。終末が違えば英雄譚として語られることもあっただろう。

 帝国の元老院はまさにそれを恐れたわけだけど。


 西へ流れたアルテアは傭兵紛いのことをして食いつないだ。彼の新しい任務は商人を野盗や悪魔から護衛することだった。通常の魔術に適正の薄いアルテアではあったが、野盗程度ならば十分になんとかできた。適当に金を稼ぐと次の街へ流れ、アルテアは西へ西へと歩を進めた。目的のある旅ではなかった。やることがなかったから、いろんなものを見て回りたかっただけだ。

 王国領の西の端、ガルドメイスの北に位置する村落は、古くから漁村として生計を立てていた。発展から取り残されたような村々が数多く位置していた。

 あまりの寂れっぷりに訪れたときは少し笑ってしまったほどだ。

 その村で取れた魚は、漁師たちの手によって魔法で痛まないよう処理されたあと、それぞれがバラバラに需要のある街に運ばれていく。

 アルテアは変だなと思った。取引をするなら商人が届け出までの護衛をつけたほうが効率的だからだ。案の定、漁師たちは野盗に襲われることが多いらしかった。きな臭いものを感じて、アルテアは護衛を申し出た。

 金は払えない、と彼らは口を揃えた。また野盗の群れというのは本来一人が護衛についたところでなんとかなるものではない。商人からの支払いが悪すぎて、頭数を揃えることはできないそうだ。

自分一人だけでも雇ってみないか? とアルテアが言うと成功報酬でいいならと一人の漁師が同行に同意した。ウォーテナというよく日焼けした肉付きのいい男だった。年は三十代の後半といったところだ。

一度目の護衛はとくに何事もなく済んだ。

魚を卸して受け取った金の一部でアルテアとその漁師は楽しい酒を飲んだ。

二度目もだった。

野盗に襲われたのは三度目だった。

 それは野盗というにはあまりにも統制された動きをしていた。武器も上等で、全員が魔術師だった。とはいえ帝国騎士の筆頭であったアルテアと戦えるほどではない。

 全員を制圧するにはそう時間は掛からなかった。

 そう派手な拷問をしなくても、彼らはあっさりと自分たちの身元をバラした。

 街の駐屯軍なのだそうだ。商人たちの依頼で漁師を襲い、荷を奪って儲けを山分けにしていたらしい。だから商人は漁師に護衛をつけなかった。また街まで無事に辿りついた漁師からも安く買い叩くことができる。

 アルテアは野盗の何人かを同席させて、商人との交渉に出向いた。ミアクルと名乗った商人はあからさまに顔の引き攣ったでアルテアたちを迎えた。

 交渉の席でアルテアの出した条件は四つだった。

 これからは漁師たちの行路に護衛をつけること。

 これまでの賠償をすること。

 契約を打ち切らないこと。

 一発殴らせること。

 これを守らなかった際には、この騒動の一切を公表する。

 商人にとって「信用」というのは死活問題だ。公表されればミアクルは社会的に死ぬだろう。誰も彼に品を卸さなくなる。彼は条件を飲むしかなかった。

 頬を腫らした彼は仲間内でひどく笑われたのだとあとになって聞いた。

 たんまり金を持って帰路につきながら、ウォーテナは自分たちの村に住まないか? と持ちかけてきた。

 承諾した明確な理由は、アルテア自身にもわからない。どこかに腰を落ち着けたかったのかもしれない。海沿いの小さな村で暮らし始めた。

 学校がなかったのでアルテアは小学校を開いた。最初はよそものが開いてるということであまりいい顔はされなかったが、次第に受け入れられていった。次第に生活が安定し、アルテアは妻をもらって平和に暮らしはじめた。落着いたおだやかな生活だった。アルテアが初めて手にした幸福だった。

 そんな日々が数年間は続いてアルテアはすっかり戦うことを忘れていた。

ある日のことだった。アルテアがいつものように教室に向かうと、子供達が全員死んでいた。アルテアの妻を背後から抱えるようにして抱いた、髪の長い女がおかしな笑みでアルテアを見た。フィーリア=ウェーザ=ブラックボイスだった。フィーリアは妻の首を絞めていた。真綿で締めるようにゆっくりと力を込めていく。

戦おうとした。しかしやり方がわからなかった。戦いから長く離れすぎていた。対してフィーリアは帝国の追撃をずっと退けてきた。

妻が殺されていく。助けてと唇が動く。駆け出そうとしたが、足が動かなかった。

幸福に浸りすぎたアルテアの前に、目前の絶望はあまりにも巨大すぎた。

 やがて妻が呼吸を止めた。力が入らなくなってがっくりと体を落とした。死んだ。

「……な゛んでよ゛?」

 ゆっくりとフィーリアが近づいてくる。

 アルテアは俯いて、涙を流して、笑っていた。

 何もかもが過去の自分への罰のように思えた。

「じね゛」





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