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外伝・あくまでケダモノの王 3



 ゼルドが鋼を構築する。リグムの手から「紅蓮の長槍」が離れかけた。そのとき、

「楽しそうだね。オレとも遊ばない?」

 リグムを巨大な影が覆った。

 咄嗟に振り返る。そこにいたのは大きな亀だった。異様に太く、長い首がリグムを見下ろしていた。苔に似た色の緑色の体躯が不気味だった。その頭上にアルテアがいた。

「護法式神・白噛み亀」

 甲羅の突起が伸びた。木によく似た物質でできたそれが、途中で曲がり上から振ってきた。反転したリグムが槍を投擲する。近づく枝をことごとく蒸発させて、槍が亀の胴体に直撃する。大亀の胴体が先ず物理的な破壊力によって破壊された。『紅蓮の長槍』の正体は、“炎の固体”だ。炎とは本来、物質と酸素が反応した際の放熱反応だ。だがアストナ=フェン=ナイトロールはこれを物質化し、炎そのものに質量を持たせることに成功した。ヨゼフの砂の操作と同じく、原理不明の超魔術の一つだ。

亀の全身に赤い罅が入る。内側から溶けた亀が罅から液体を流す。それはあまりの高温と衝撃波の威力によって液状化した内蔵だった。

 アルテアが跳躍し、新たな魔法陣が展開する。

 この一帯はアルテアが張り巡らせた札の結界が覆っている。普段のアルテアならば膨大な魔力と詠唱を注ぎ込まなければならない召喚術も、結界の内側ならば自由に呼び寄せることができる。

「護法式神・血迷い虎」

 真紅色の毛並みを持つ虎が召喚される。まるで獲物の血に染まったようだった。酩酊したような目には、食欲以外は何もない。踏みしめる大地から蒸気があがる。太い体の周囲で陽

「挟撃は好みじゃないんだが」

 リグムを挟み込む形でゼルドの刃と血色の虎が襲いかかる。

「く……!」

 それぞれゼルドとアルテアに向けて突き出した手の先に、酸素と爆薬が合成。リグムが指を擦ると、火花と酸素と爆薬を元に『火儘獄沁炎』が発生する。虎がわずかに怯むが自身が炎の化身であるがために、損傷はほとんどなかった。身を低くして最小限の盾を生み、爆撃をやり過ごしたゼルドがさらに間合いを詰める。

 単純な攻防力においてゼルドは無敵だった。

 虎から飛び降りたアルテアが『刃竃』を発動。片手に剣を生み出し疾走する。

 リグムは青酸ガスの霧を放ち、間合いを離そうとする。ゼルドの対応は速かった。構造の脆い鉄粉を大量に生み出しと青酸と反応させ、毒の霧をシアン化鉄へと変えていく。シアン化鉄は鉄分子と青酸分子が硬く結びついており、反応し辛く毒性は非常に弱い。逆側ではアルテアが『封叱失印』で青酸ガスを無力化していく。リグムがなりふり構わずに逃げようとするが、ドグルに身体能力で叶うはずがない。先ずゼルドの刃が、少し遅れてアルテアの剣がリグムの体を貫いた。くぐもった悲鳴があがる。片側は右脇腹から肺を貫通。もう片側から肋骨から背中を抜けた。さらにゼルドが刃を生み出し、全身を串刺しにしようとする。一拍遅れて虎が強襲。

「が、ああああああああああああ」

 無理矢理にリグムが発動した土属性上級『炭刺鴻練餓素』が現存する自然物の中で最大の硬度を持つダイヤモンドの散弾を降らせた。光輝く嵐が地面に無数の穴を穿つ。ゼルドは理論強度の鋼を掲げて防御する。アルテアが舌打ちしつつ後退、高熱を放つ虎があいだに入りダイヤモンドの分子構造を破壊する。空気中の酸素と反応し、二酸化炭素となって消える。

「く、ぅ……」

「いけっ!」

 苦呻を漏らし、膝をついたリグムに虎が襲いかかる。

 出血に震えながら腕を上げる。ウォーターカッターが虎の口腔から胴体を貫通し、尾へと抜ける。体に垂直の線が引かれ、背骨から綺麗に二つに割れた。ゼルドの追撃を、虎の肉の合間に逃げ込んで防ぐ。回転するチェーンソーの刃が血肉を引きちぎって進むが、切り開かれた先にリグムはいない。

 目隠し代わりに死骸を使い、圧縮空気の噴射で間合いを逃れたリグムが、全速でその場を離れようとする。見越したゼルドが追う。金属片の爆裂を背に受けて、途中で肉体が変化。両翼を広げて空気を掴んだ。

 アルテアは手を止めた。あの深手ならばゼルドの手から逃れられないだろうと思ったからだ。別に積極的に手を貸そうとは思っていなかった。リグムが死ねばそれでいい。

 アルテア=アークの本名はラスデラ=ウェルト=ナイトロールという。

 最早本人以外では彼のことを知る人間はいないだろう。

 「ナイトロール」という王国最強の魔術師の血族でありながら、彼には魔術の才能がまったくと言っていいほどなかった。だから物心つくまえに捨てられた。彼自身、名前だけしか覚えていない。両親の顔すらも知らない。泥を啜るような生活の中で、奴隷として東方に流れて、拾われたさきでたまたま陰陽術を獲得した。まともな魔術に適性のなかったアルテアだが、この東方独自の魔術だけは不思議とよく馴染んだ。ナイトロールという血脈は、彼の中でひっそりと息づいていたのだ。

彼が今回カイセル殺しに加わったのは、腕のこととナイトロールに対する劣等感からだ。自分を見限ったナイトロールを殺せるということを証明したかった。その血を絶滅させてやりたかった。そのために彼は帝国騎士の筆頭にまで登りつめた。

別に彼らのような立派な大義があるわけではない。アルテアが流れ者にすぎないから思うことかもしれない。故郷に恩はないし、世界をよくしようとは思わない。アルテアは自分の立場がなるべくよくなるためだけに戦ってきた。

 くだらない人生だ。アルテアは自嘲しながら離れていく二人を見ていた。


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