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外伝・あくまでケダモノの王 2



「マテリアルブレイド、かい? どうして君が……、ここは王国だよね?」

「ガンドラの戦争で死んだ同胞の仇を討ちにきた」

「困るな。僕は君と争うつもりはないし、君と争っている暇もないんだ。やることがあるんだ」

「……この騒乱はその“やること”とやらを成すためにお前が起こしたのか?」

「まさか。僕はカイセルの尻馬に乗っただけだよ」

 アイバたちの標的の名前がカイセルだと、ゼルドはようやく思い出した。

 流れからしてリグムを吐き出したあの少年の名がカイセルというのだろう。

「君もこい。新しい国を作ろう」

「王国は内部の政治的腐敗に意図的に見過ごしてアルバースのような分裂を生んだ。帝国は一部の特権階級だけが議会を牛耳って軍国主義をとっている。ガルドメイスに篭らざるを得なかったドグルやキャルト、バルドもフクスも差別されることのない国を、僕が作るから。だから一緒にきてくれ。僕には君が必要なんだ」

「断るよ」

「僕にはできないと思うかい?」

「……いいや、正直お前の言ってることはお花畑だと思うが、なんだかんだで実現するんだろう。俺はお前をよく知っている。だけど名君には寿命があるんだよ。お前はいつか死ぬ。後継者がお前のように優秀だという保障が、どこにある? 結局は同じことの繰り返しさ。人も物も国も、いつか腐るんだ。それがこの世界の摂理さ」

「この魔術がある」

「何?」

「僕は死なない。他人の脳に自分の電気信号をコピーして自分を再構築できる。今回は兄弟の体だったのもあって簡単だったけど、もう少し手間取るとは思う。僕が延々と歪みを正せばいい。百五十年生き続けているマクルベスと同じようにね」

「話にならないな。他人の体を乗っ取って永遠に生きるだと? だとしたらお前こそが歪みそのものだよ」

 鈍色の発動光が輝き、ゼルドの周囲にチェーンソーの刃が顕現する。

「おしゃべりは終わりにしよう。剣をとれ」

「どうしても戦うのかい?」

「怖気づいたか?」

「時には武力も必要か……。人は愚かだね。争うことでしか、小さな自尊心を維持できない」

 そんな御託はどうでもよかった。

 ゼルドは自分が魔王ルピルルッルに似ていると思う。

 違うのは少なくとも、ゼルドにとって闘争は手段だということだ。

「先の戦争の借り、返させて貰うぞ!」

 高速回転する鋼の円がリグムに向けて歪に軌道を歪めた。

 即座に毒が迎撃、鉄の合金が反応し、硫化鉄と硫化水素に分かれて溶解する。硫黄臭が立ち込めて、鼻のいいゼルドが顔を顰めるが構わず刃を連射。五つ、六つと相殺したあたりで、硫酸を刃が突き抜けた。

「!」

 咄嗟に伏せて髪の毛を微かに掠めていく。続く刃も硫酸を突き抜けてくる。

 金属が強い酸を浴びると不動態と呼ばれる、酸と反応しない膜を表面に形成する。

 空気中を漂う硫黄分子を元に最初から不動態でできた刃を形成し、酸から鋼を守ったのだ。即座にリグムが術式を変更する。水属性中級『水削蓬断神』が発動。300メガパスカルの圧力で打ち出された水の刃が強度的に劣る不動態を安々と斬り散らす。

跳躍したゼルドに向けてウォーターカッターが打ち出される。

 ゼルドが前面に盾を展開した。ダイヤモンドすら切断するウォーターカッターは、鋼の盾を切断できずに表面で散った。物質の硬さは構造に大きく左右される。結合の強度を理想的な数値にすることができれば、鉄というものはダイヤモンドなど比ではなく硬いのだ。

 空中で刃が形成。

 理論強度に限りなく近い硬度を持つ鋼が、リグムに襲いかかる。リグムは再度毒を繰り出し、金属の結合を剥がしにかかる。結合に隙間がないので酸も効果が薄い。が、毒属性「溶毒士」の中でも最強の魔術師であるリグムにとっては、それほどの障害ではなかった。

 ゼルドは理論強度の刃に不動態を織り交ぜる。異なる二種類の刃にリグムは二種類の方法で対応せざるを得ない。並の相手ならばリグムはそれでも十分に戦えるが、相手がゼルドでは勝手が違う。同等の力量の相手ならば属性の違う魔術を瞬時に切り替えて戦うリグムのほうが不利だった。単一属性で戦うことのできるゼルドのほうが魔術の切り替えが早い。

 厚みのある大盾を展開したまま、ゼルドが降ってくる。

 リグムは圧縮空気の噴射で逃げるが、広範囲に降り注ぐ刃の群れが安全地帯を与えない。

 セルグウとシルレウで刃の軌道を歪めようとする。が、風圧程度では揺るがず、大腿と胸部を刃が掠め、肉がえぐり取られる。血がリグムの体を赤く染める。ゼルドが空中で自分で生み出した鋼を蹴って、逃げるリグムを追う。

 圧倒的な身体能力を誇るドグル族と近い間合いで戦っては、リグムに勝機は薄い。距離を離そうと、指を擦りあわせ、合成した火薬を炸裂させる。が、鋼の鉄壁が爆風と爆熱を完全に遮断していた。

ゼルドは驚嘆していた。これまでリグムは毒、水、風、火の四属性の魔術を用いている。さらにカイセルという少年の体を乗っ取った魔術は、おそらくは生物属性だろう。そして乏しいまでも、鉄属性の魔術でヘモグロビンを増やし、血中の酸素濃度を引き上げているようだ。そしてそれらのすべてのレベルが高い。意味不明な応用力だった。

 しかしそれはあくまで魔術師としての格でしかない。

 戦士としては自分のほうが上だ。

 着地と同時に新たな刃を展開する。両手に剣を握り地面をける。リグムが舌打ち、ではない。咄嗟に体を倒し転がったゼルドの体毛を、歯と舌による摩擦と爆薬を元に生まれた火炎が焦がす。

(手を使わなくても火炎を放てるのか!)

 一刹那だけ怯んだゼルドだが、刃は常にリグムに向けて投げかけている。

回避の動作を取らせることで追撃を防いでいる。

 “見える刃”にリグムが集中し始めていた。

不可視の『首落としの鎌』を決め手にする伏線は充分に張った。

いまなら決まる。

 だが体勢を立て直したゼルドは練り上げた薄刃を繰り出せなかった。

 リグムの手の中に一本の赤い槍があった。

 ゼルドの生み出した鋼は、それの周囲に近づいた途端に蒸発してなくなっている。

 術者であるリグムすら無事ではないらしく、あちこちの皮膚が焼けて溶け始めていた。特に柄を掴んでいる右手は桃色の肉が剥き出しになり、焦げ始めている。蛋白質が焼ける特有の臭いが鼻をつく。

「なんだそれ?」

「『紅蓮の長槍』、聞いたことくらいはあるだろ? ゼルド、僕にこれを使わせないでくれ。頼む」

「いや、もう少し真面目にやれよ」

「……わかった。さよならだ!」


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