空の玉座と召喚士の悲鳴 5
魔術師の強さは概ね血で決まる。時々なんの血筋もないものから突発的な天才が生まれたりもするが、そんなものはやはり例外に過ぎない。そしてナイトロールの血は多くの魔術師を輩出し続けてきた最上の血だ。今回の部隊の中にもナイトロールの血が混ざっているものは、少ないないだろう。王国で活躍している八割の魔術師がなんらかの形でナイトロールと関わりを持っていると言われている。
その中でも一柱と呼ばれる真に強力な魔術師の血だけを取り込んだ一族に生まれたのが、リグム=フェン=ナイトロールだ。
疲労感がある。桁外れの魔力量を持つ俺だが、「宇宙の終わりを体現する魔法」なんか使って疲れないはずがない。
ロットウェルのこともあるし、長期戦は不利、と判断して『速離源力』を展開。近接格闘に持ち込んで一気に片をつける――! フル加速で突っ込んだ俺との間に『青喪酸 (アズン)』によるシアン化水素の霧が立ち込める。これはいわゆる青酸カリが胃酸と反応した際に生じる猛毒の物質で毒属性の基本術となっている。洗脳の類なのか、知性のほうはおざなりになっているらしいと俺は思う。風属性の俺には気体系の毒魔術は基本的に通用しない。『旋捲風』で吹き飛ばす。
「っ……」
俺は噴射の角度をほとんど真上に変えた。慣性で体が軋む。『旋捲風』による突風を利用した高気圧がリグムの手の中で成長を続けていたからだ。溜め込んだ風がついに破裂。『青喪酸』まで内部に吸収したそれが爆撃に似た空気の炸薬となった全身を叩く。『速離源力』が破壊されるのがわかった。毒の霧の中に落下する。受身はとったが、まずい。呼吸を封じられた。薄い空気の膜を纏いシアン化水素の体内への侵入を阻むが、肺に蓄積された空気の量には限界があり、流石の俺も呼気の選別まではできない。『旋捲風』を発動しようとするが、リグムの毒の魔力が混じった大気は、俺にはひどく扱い辛い。無色の気体であるシアン化水素からはリグムが赤い発動光を構えているのがしっかりと視認できた。『火儘獄沁炎』! 爆風と高熱を同時に起こすあの魔術の前では生半可な防御魔法は意味を成さない。魔術戦ならほぼ詰みの状態だが、これは実戦だ。俺は右手に持つ剣を投げた。『火儘獄沁炎』を構築中だったため魔術を発動することができずに、別に身体的に優れているわけではないリグムは回避することもできなかった。右胸に深く突き刺さる。痛みで組成が途切れたらしく赤い発動光が歪みながら消え去る。俺は魔術の補助なしで疾走し、リグムに掴みかかる。拳を握り、新たに魔術を構築しようとするリグムの喉を叩いた。喉仏というのはれっきとした急所の一つでここを強く叩かれると呼吸困難に陥る。肺から空気を吐き出し噎せるリグムに、俺は、シアン化水素に塗れた空気をくれてやった。
……空間に充満していたリグムの魔力が薄れていく。俺は『旋捲風』を使い、自分の周囲の毒を吹き飛ばす。
親友の体が痙攣する。肺から血液に入ったシアン化水素が内臓の酸素伝達を阻止している。
俺はしばらく親友が死んでいくのを見ていた。放っておいたら複合系魔術師であるこいつは酸素と亜硝酸アミルの吸入、あるいは亜硝酸ナトリウムによる解毒をしかねない。俺は親友の胸部に刺さった剣を、真横に払った。右胸に刺さっていた剣は左胸を抜けて心臓を切り裂いた。痙攣が止む。
……俺は『速離源力』を使う。ロットウェルを回収しなければならない。
魔物が一点に群がっているのがわかった。血の匂いに釣られているのだとわかる。剣が握られた腕が、魔物の間から見えた。
「食われたのか……」
任務失敗、として報告するしかないだろう。俺の疲労もかなり厳しい。
一人ならば一、二時間程度で王都まで戻れるはずだ。
俺は魔物の群れに背を向けた。




