悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 17
……気づけば寝てしまっていたらしい。
目を覚ましたときにはとっくに朝だった。先に起きていたゼルドが呆れた顔で見ている。
「よくそんな無防備な姿を晒せるもんだな」
「神経質でいるよりよっぽどいいと思うぜ」
「そんなものか?」
安穏に言う。
俺はゼルドのことをもっと殺伐としたやつだと思い込んでいた。案外普通だなぁ。当たり前なのだろうけど。天才というのは意外と近い場所にいるのかもしれない。
「おはよう」
ヨゼフが言う。相変わらず黄土色をしている。時折ぽろぽろと体が崩れている。
自分の体を砂で構築している。意味不明だった。さすがのゼルドもこれには苦笑いだ。“神”らしいからそこそこなんでもありなのだろう。
「この面子で挑むのか?」
「いいや、もう一人だけ誘ってみたいやつがいるんだ」
「誰だよ?」
マクルベスとすでに死んだシャルルを除けば、ほとんど大陸最強のメンバーのはずだ。
あのときククロレノが集めたメンバーはあの二人を除けば全員揃っている。
「まあとりあえず会ってみようか。ククロレノ、頼むよ」
「わらわはあいつ嫌いなり……」
愚痴りながら、黒い大穴を開く。
「アイバ、一緒にいってくれ」
「あー、はいはい。ゼルドは連れてかなくていいのか?」
「うん。いないほうがいいと思う」
「……」
「ほら、入った入った!」
突き飛ばされた。
あの意味不明な空間を経て、川の近くに出た。
あたりを見回す。まずヨゼフはついてきていなかった。バックレやがった。
そして見知った顔があった。
「……アルテア=アーク=マジックキル」
「ガーレ。なんでおまえがくるんだよ」
ぼやきながら剣を取る。アルテアには片腕がない。どこかで失ったらしい。札を貼りつけて応急処置にしている。背後には式神が浮いている。
アルテアは“陰陽士”と呼ばれる特殊な魔術師だ。
召喚士に似た術を行使することができ、陰と陽を利用した力の相殺だとかわけのわからないことができる。応用力だけならリグムに匹敵するが、“札”を介してしか強力な魔術が使えないひどく面倒な術師だった。
「えっと、かくかくじかじかで協力しろ」
「相変わらずおまえは天才だな、ガーレ。かくかくじかじかで事情を説明した気になっているんだから」
「めんどい……」
「むしろこっちが協力して欲しいくらいさ。帝国とフィーリアの両方から逃げないといけない。腕は一本失うし、今回の戦い俺にはいいことなしだよ」
ふと思った。
神様なんだから、ヨゼフならこいつの腕を治せるんじゃないか?
「その腕、治るかもしれないぜ?」
「無理だろ。『雷と等速で訪れる死』の電撃で落とされたんだ。帝国の治療士でも匙を投げる」
「いや、たぶん治る」
「……ほんとかよ?」
「うん。だから協力してくれ」
「内容だけ、聞こうじゃないか」
どこまで話していいのやら。
とりあえず俺はカイセルを殺したいこと。
カイセルの簡単な生い立ちと、帝国とどんぱちやっていることを伝えた。
アルテアは変な笑みを浮かべて聴いていた。他人の恋愛話を聴いているような笑みだった。なんかムカつくな。
「ようするにおまえはリゼレッタが死ぬのが嫌だから、そいつを殺そうとしているのか?」
「なんでそうなる……」
「いいよ、そういうことなら手伝ってやる」
どういうことだよ。
「いや、あのな」
「楽しいね。お前がそういうことで俺を頼るなんて」
つーかお前、リゼレッタを人質にして俺を戦わせたりしてたよな?
なんとなくどう答えるかはわかったけど。
たぶん「任務とは話が別」だろう。自分の立場が悪くならないためなら、アルテアは親でも兄弟でも、恋人でも切り捨てる。
「話はまとまったなりー?」
黒い穴が再び開く。
そこからククロレノの声。
「ああ、連れてく」
短く答えた。
アルテアを連れて黒い穴の中に入る。
再び奇妙な空間を経て、俺とアルテアは元いた宿の中に戻る。
「やぁ」
あまり動じていないアルテアがゼルドを見て薄らわらいを浮かべる。
「……」
ゼルドは一気に不愉快そうな目になった。
帝国とガルドメイスは戦争こそ起こしていないが、ずっと小競り合いが続いている。シャルトルーゼやライムラントを挟んでいなければ、いつ争いが起こってもおかしくはなかった。帝国の筆頭騎士であるアルテアの存在は、ゼルドにとって気持ちのいいものではない。
アルテアはそのあたりを、所詮国の争いと割り切っているらしいが。
というかアルテアはいつだって帝国そのものに愛着がないように見えた。
(こいつの考えてることはよくわかんねーな)
案外なにも考えていないのかもしれない。
事態を引っ掻き回して自分が楽しむことだけが目的のような気もする。
ふとカサナカラ戦で突然裏切りやがったマクルベスを思い出す。
……いや、やめよう。疑ってかかるとキリがない。
「俺の腕、治せるのかい?」
「できるよ」
ヨゼフがあっさり答える。
失った四肢や臓器は現代の魔法技術をもってしても再生できず、義手や補助臓器に頼るのが普通だ。だから実はできないんじゃないかなー、とか思ってたんだが。……できるんだな。
「どうやるのかは知らないけど、だったらしばらくは協力するさ」
俺の内心を見透かしたように微笑む。心中で舌打ちする。
「もしできなかったら?」
「そのときはおまえらみんな殺してやるよ」
ゼルドがアルテアを見る視線にはもはや殺気が混じっている。
片腕でできるものか。と思っているんだろうが、アルテアならたぶんできる。単独の戦力としてはゼルドに劣るが、こいつはそれを発揮できない状況、あるいはを組み立ててみせる。
俺がアストナ=フェン=ナイトロールを殺せる状況を作り上げたように。
「さて、準備はいいかい?」
俺たちは頷く。
「……ああ、忘れるところだった。あと一人仲間を紹介しとくよ」
黒い穴が発生する。
そこから出てきたのは、藍色の髪の少年だった。ライムラントで見たあの悪魔のガキだった。
「名前は人間の発音で辛うじて表現するならヒュヒァイアかな?」
「wyhiohdba、hudodloia」
「……と、まあこのように人語は話せないがちゃんと僕らの協力者だ」
「さすがに信用し辛いだろ」
「少なくとも君は信じてくれよ、アイバ。彼はククロレノと同じ悪魔の和平派だよ」
「……」
実際に過激派のカサナカラをククロレノが排除しようと動き、ヒュヒァイアとやらがククロレノと共に動いている以上、和平派であることに疑いようはないだろう。
が、それとこいつが協力することに因果関係がない。
「ガルドメイスとパイプが欲しいんだって」
と、ゼルドを見る。
「……オレ?」
ヒュヒァイアが頷く。片手を差し出す。
ゼルドは当然それを取らなかった。
「じゃあ、いこうか」




