悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 16
「ちょっと不格好だけどあんまり気にしないでくれよ」
黄土色の粒粒で構成されたヨゼフが言う。
……いや、どっからどうみても気にするなってほうが無理だろ、それ。一応さっきの生首状態ではなく、人型を取り繕っている。が、微風が吹くたびに服も体もぽろぽろと崩れ落ちる。
着地と同時に手足の半分潰れたゼルドが倒れる。駆け寄ろうとしたが、自力で立ち上がった。潰された足の代わりに鉄製の支えを作り出す。
「お前らはいったいなにをしにきたんだ? というかどこから湧いてでた?」
ゼルドが厳しい目つきになる。
まああたりまえか。
「助けてやったから助けてくれ」
厚顔無恥なくらいにヨゼフは言い切った。
ゼルドの溜め息。
「どういうことだ?」
「殺したいやつがいるんだ」
「悪魔か?」
「いいや、人間だ?」
「……おまえとそれで殺せない人間がいるのか?」
頷く。
いるんだから仕方ない。
端整なゼルドの顔が驚愕で歪む。
「人間ねえ」
「手伝ってくれないか? おまえの力が欲しい」
「ルーフェイスは受けた恩は必ず返せと説いている」
えっと。
記憶を探る。ルーフェイスというのはドグル族の偉大な先祖の名だったはずだ。
たしか彼らの持つ独自の宗教の神だ。
「オレ一人ならルピルルールに勝てなかったのは事実だ。いいよ。一人ぐらい殺してやるさ」
「ありがとう」
ゼルドは不愉快そうに鼻を鳴らす。
“自分が誰かに助けられた”という事実が気に食わないのだろう。実際彼は恐ろしく強い。恒常発動レベルの術式で、悪魔の生み出す剣を一掃できるほどの硬度と速度を作り出すことができる。おそらく鉄属性の究極の使い手だ。あのチェーンソーの術式以外をほとんど使わないのは、あれがそれだけ完成された術だということだ。
「三人ならなんとかなるかね?」
「あと一人声を掛けるつもりだよ。たぶんまだ足りないから」
「おいおい、おまえらいったい誰と戦うつもりなんだ? 帝国と戦争でもする気か?」
ゼルドの疑問も当然のことだ。
俺たちは序列第一位と、第二位の悪魔を倒しているのだ。
それなのにそれ以上の戦力を求めている。
「カイセル=フェン=ナイトロール。っていってわかる?」
「わからん。リグムじゃないんだな」
「ああ、彼は死んだ」
「冗談だろ? あの怪物が死ぬものか」
殺した張本人の俺は顔を背けるしかなかった。
「とりあえずここから離れようか。ガルドメイスにいこう。休憩したい」
「そうだな。手足の治療をしたい」
「決まりだ。ククロレノ」
空に向かって呼びかける。
と、足元に円形の黒い穴が開いた。
ヨゼフがそこにぴょんと飛び込む。
「……なんでもありになってきたな」
俺も飛び込む。
例の空間を超えて、ベッド二つ並んでいる清潔な部屋に出た。
ベッドに腰掛けているククロレノ。
俺に少し遅れてゼルドが現れる。
「おかえりなり」
「神出鬼没とはおまえのためにある言葉だな……」
「ああ、それわらわを見て作られた言葉なり」
……。
ネタでいっているとは思えないからきっとガチなのだろう。
いったいいつから生きてるんだ、こいつ。
「とりあえず、休む」
「俺も、疲れたわ」
「え、ちょっと待つなり。ずっと待っててわらわ暇だったなり」
「だからなんだよ?」
「かまって」
「死ね」
ゼルドがベッドで丸くなる。すーすーと寝息を立て始める。
俺はソファに体を寝かせた。意識に闇が降りていく。
「……あっとういう間に眠ったね」
と、ヨゼフ。まだ寝てねーよ。
「ほんと、よっぽど疲れていたみたいなり」
「それにしても君には苦労をかけるね、ククロレノ。別に僕に付き合う必要はないんだぜ」
「我らは本来、神の們。簡単に袂を分かつをことを決めた“刃”や“姿”のほうが異常なり」
「まあ僕がそうしたんだけどね。そのほうがおもしろいから」
「いまでもわらわにはわからない。“刃”に“姿”、“場所”と“記憶”まで手放して、あなたはなにをしたかったなり?」
「その口調、イラッとくるなぁ」
「う……、そろそろ許してなり……」
「別にいいけどさ。なにかをしたかったわけじゃないよ。ただ多様性に富んでいたほうが世界はおもしろいと思ったんだ。つまらないのが嫌だったんだよ、僕はきっと」
「嘘」
「そうかもしれないね」
「神でいるのは嫌だった? 人のようになりたかった? だからあなたは神性を捨てたかった」
「ちぇっ。見透かすなよ」
「結局あなたは世界を脅かすものを許せないでいる。そしてまた”場所”の力を欲した。浅はかで愚か。でもわらわはそんなあなたが嫌いじゃない」
「それ以上子供扱いすると怒るよ?」
「かわいくはないなり」
「……僕も寝る」
「ん、おやすみ」