悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 15
ルピルは長い魔剣をゼルドに向けるが、ゼルドは自身で展開した刃に乗ってわずかに跳躍し回避。狼の脚力でルピルに飛びかかる。串刺しにしようと空中に剣を生み出すが、高速で飛翔するゼルドの銀色の体毛を掠めただけ。
至近距離でチェーンソーが展開する。安々と剣を粉砕し回転と刃の威力で骨ごと持っていく。ルピルの腕が引きちぎれる。「こ、のっ」チェーンソーが胴に到達する寸前で、もう片方の腕から魔剣が振り下ろされた。ゼルドが鎖で防御しようとするがこちらも簡単に切断される。お互いに矛が強すぎるのだ。「ゼルドっ!」俺は短剣を加速させて剣を狙うが、別の剣が精製され短剣を弾く。
ぎりぎりで体を捻ったゼルドが被害を胴の半分を裂かれるのに押しとどめる。一刹那遅れて空間に浮かんだ剣がゼルドを取り囲む。鎖を再生したゼルドが弾きつつ後退。制動をかけた一瞬を狙って塔のような大剣が降ってくる。俺はダウンバーストを発生させ、下降気流をルピルの真上に叩き落とす。
「おおっ?」
丁度自分の生み出した巨剣の下敷きになる形で、気流がルピルを押しつぶした。
重い音が響く。
「……よくやるなぁおまえら」
残った片腕でルピルが剣を支えていた。軽く見積もって三百tぐらいありそうだが、もうこいつが何やろうが驚かねーよ! でもちょっとは焦れよ! 好機とみた俺とゼルドが左右から挟み込む形で特攻。「ルァアアウ!」狼が咆える。ルピルは片腕で支える大剣をゼルドに向けて投擲。「っ……」大質量すぎてゼルドの刃では切り裂けない。ゼルドは足を止めざるを得ない。ルピルが俺のほうへ向く。いまさら止まれない俺は短剣の投擲を初手にする。応じて打ち出された剣の殺到を『速離源力』で斜め上に跳躍。超速で発生した剣が肩口を掠めていく。すれ違いざまに俺は空中で縦に半回転しながら剣を振るう。防がれて金属音が上がる。近い間合いで用意していた『切棘鍼渦断』を使おうとして、脳みそが軋んだ。さっきから魔力を使いすぎなのだ。加えて慣れない新術なのと、体調が戻りきっていないのがきつい。術式がうまく作動しない! 千載一遇のチャンスを逃した俺は、ルピルの魔剣から無様に逃げ回るしかない! 圧縮空気の噴射でがむしゃらに逃げる。ルピルが剣を放ちつつ前進するが、速度はこちらのほうが上らしく一先ず間合いが取れる。
ついでに獣化の解けたゼルドを拾い、首の後ろを掴んでさらに逃げる。
ゼルドは胴を半分切られ、ビルのようなサイズの剣で左手と左足を潰されている。鉄属性と生物属性を組み合わせて、増血し傷口を塞いでいなければとっくに死んでいるだろう。
あいつから腕一本奪った代償はデカかった。
「おい、犬っころ。なんか策あるか?」
「おまえが囮になってそのうちに俺が殺すってのはどーだ?」
冗談なのはわかっている。
実際には囮にもなれない自分の不甲斐なさに死にたくなる。
「おいルピルルッル、お前の目的はなんだ? なぜ戦ってる?!」
カサナカラは目的が崩れたから死んだ。
こいつに同様の理屈が通じないかと話しかけてみる。
「おいおいくだらねえことを聞くなよ。楽しいからさ」
ルピルは狂気的に表情を歪める。
唇の両端が釣り上がり、目が細まる。
「お前らは楽しくないのか? 鍛え上げた圧倒的な力で弱者を叩きのめすとき、実力の拮抗した相手と極限の集中の中で命のやりとりを行うとき、その脳内麻薬だけがあたしの退屈を癒すのさ」
……ああ、よくわかった。“ありとあらゆる刃”とはこいつの精神性を表しているのだ。ルピルルッル=ルルルールは切り裂くことしか考えていない。なにもかもを切り裂いて一振りの剣のように生きている。敵も味方もない。あるのはただ力だけ。周りの生き物の差異とは強いか弱いか。人間も獣も、ドグルもキャルトも同族である悪魔でさえも彼女の前には無意味だ。彼女には切り裂くという意思以外が存在しない。
「だからお前らも、あたしと戦って死ね!」
ルピルルッルの腕に、ヨゼフを消し飛ばした輝く光の剣が出現する。あのときのものより断然長い。ダウンバーストを足止めに放つ。が、光の剣は“気流”を叩き切った。ゼルドを掴んで圧縮空気の噴射で逃げようとする。ルピルも金属片の爆発を受けて加速する。魔力量の違いからか向こうのほうが速い。間に合わない。
せめてゼルドだけでも目指そうと放り投げた刹那、ルピルの腕がなにかにぶつかってかち上がった。不意をつかれたルピルが足元をみる。
「ふざけんなよ!なに殺してくれてんだよ!元に戻るまでにどんだけ時間かかると思ってんだよ!なめんなよ!おまえがぼくのこと元に戻せよ!」
「っ……?! キモっ」
砂からヨゼフの首から上の左半分が生えていた。砂がルピルの全身を掴む。俺は逆噴射で停止、地面を蹴って駆け出していた。他の魔術をすべて解除、残された魔力を振り絞って『切棘鍼渦断』を発動する。二つの空気の渦の境界に真空の刃を発生させる。
必殺の一撃はルピルの発動した極大質量の鋼の塊を貫通できずに防がれる。
不意に肩になにかの重みが乗る。ゼルドが俺の肩を蹴っていた。鈍色の発動光が一瞬だけ視界に移り、目の前の鉄の塊がX型に斬れた。ゼルドの両手に握られた透明なものが、勢い余ってかすかに俺の腕に触れる。それは、血の赤がべったりとこびりついた刃。
「は、はは……、ちっ、もう終わりかよ」
ルピルルッルの力ない声。
「ありがとよ。なかなか楽しかったぜ?」
大質量が消滅すると同時に、ルピルの体が四つに別れているのが見えた。右上から左下に、左上から右下に切断されて、自重によって崩れる。
あくまでも愉快そうで仕方のない表情のまま、ルピルルッル=ルルルール=メイルが死んだ。