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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 13



 ところで。

「具体的にどうやってカイセルを殺すんだ? とてもじゃないけど俺一人じゃ無理だぜ」

「うん、そのへんは、頭数を揃えるところから始めないといけないと僕も思ってた。それに関しては大丈夫だ」

 頭数を揃える、か。

 俺はククロレノの集めた四人を思い出す。

「君はまずご飯を食べないとね。三日で体調戻してよ」

「無茶言うな」

「早くしないと帝国軍が全滅して国が滅ぶ」

 ……まじかよ。

「じゃあ、三日後に迎えにくる。用意しとけよ」

 元のヨゼフの口調に戻ってニッと笑った。

 ヨゼフが黒い穴に呑まれる。隣のリゼレッタへの言い訳の面倒臭さを考えて、俺は一緒に連れて行って欲しかった。



 それで三日後。

「用意はいいかい?」

 ほんとにきた。

「じゃあ頼むよ。わーぷっ」

 冗談めかしてヨゼフが言った。

 ぽっかりと浮かんだ黒い穴が俺とヨゼフを飲み込んだ。

 見覚えのある空間だ。これは……。

「しばらくぶりなり」

「ククロレノクインククーフ、あんまり人のこと舐めた真似するなよ」

 俺は剣を抜いて構える。

 許可も取らずに問答無用で空間移動させるやつに、従ってやる道理がない。

 魔族中の穏健派というのはたしかに人間にとって貴重な存在ではあったが、俺には関係ない。

「わらわに言わないでくれなり。わらわはそこな砂使いにボコボコにされて従わされているだけなり……」

 ククロレノが両手を上げて降参を示す。

 かなり投げやり感が見て取れる。

「うん、そのまま構えておいたほうがいい。じゃあククロレノ、頼むぜ」

「……ほんとにやるなり?」

「だからそのなりってのやめろって言ってるだろ」

 ヨゼフのキレ声。ククロレノが短い悲鳴を漏らす。

なんかトラウマになっているらしい。あれ? あんた序列第四位の魔王なんだよな?

一先ずククロレノは放っておいて、ヨゼフに尋ねる。

「何をするんだ?」

 尋ねると、ヨゼフはあっさりと答えた。

「魔王討伐」

 空間が開けた。目の前に剣があった。数え切れないほどの。

「?!」

 わけもわからず降ってくる剣を弾きながらあたりを見る。森林地帯のようだが、肝心の木はことごとく薙ぎ倒されて転がっている。合間に、銀色の毛皮を持つ耳の大きなドグル族、両腕が翼のようになっていて異常に胸筋の発達しているバルト族や、黄色の美しい体毛を持ち長い尾の生えたフクス族、丸っこくて茶色のラクル族の死骸が埋もれていた。

「なんだおまえら?」

 そして三メートルほどある長い棒の上に立っている女。鋼色の瞳に長い黒髪。夜の闇を吸い込んだような漆黒の衣。だらりと下げた両腕の先には自身の身長ほどある魔剣が吊り下がっている。表情は狩人のそれ。

「おい、ヨゼフ。あれは……てかここは?!」

「ルピルルッル=ルル=ルールメイル。んでガルドメイスの東の森だね」

 ヨゼフの周囲で砂が踊る。

 俺は剣を構える。

「ゴミが二、三増えたか。楽しいなぁ。『首落としの鎌』」

 ルピルが口角を上げる。心の底から殺しあいが楽しくて仕方ないといった感じの笑みだった。死んだら世の中が少しだけ平和になりそうなやつだな! 死ね。

「……一緒にするなよ」

 対峙しているのはドグル族のガキ。ガルドメイスの英雄、『首落としの鎌』、ゼルド=レクス=マテリアルブレイドだった。十数本の銀色の鎖のような物が彼の周囲に浮いている。あれが噂に聴く“首落としの鎌”だろうか?

 ルピルの周辺の空中に剣が多数出現。さらに鈍色の発動光が連続していく。天涯を覆い尽くす規模だ。「ありとあらゆる刃」呟く。そして振り下ろされた。

「なんじゃこりゃあっ?!」

 風属性は鉄や水のような実体質量系の攻撃に弱い。

 そしてルピルの攻撃はドンピシャで質量系の攻撃だった。

「じっとしてろ」

 ゼルドを取り囲んでいた十数本の鎖が俺たちの上空へ伸びた。ジイイイインとひどく耳障りな音がして、鎖が剣を砕いていく。どうやらあの鎖は高速回転するチェーンソーのような物らしい。幾つもの刃を超速回転させて削って破壊しているのだ。鉄属性の魔術師の指標として、生み出せる量と形状の精密さがある。ロットウェルなんかは量を生み出すのは得意だったが、精密な形成が苦手だった。ゼルドは両方とも極めているようだ。

俺はセルグウで落ちてくる剣の破片を吹き飛ばす。チェーンソーの一つが伸びてルピルの立っていた棒(よくみると剣らしい)を折る。

ルピルが軽く飛び降りる。

同時に落ちてきたのは、ビルのような巨大な剣。

「?!!!」

「あれはさすがに切れないな……」

 呑気にも聞こえるゼルドの声。

 俺はヨゼフの首根っこを引っつかんで、圧縮空気を噴射してルピルに向かって突進。後退しなかったのは引いても多分逃げられないと思ったからだ。

距離が遠いのでゼルドは逃がせなかったが、あいつは自分でなんとかするだろう。

「ははっ、あたしに接近戦挑むか? なかなか度胸あるなぁ、ニンゲン」

 途中でヨゼフを離してさらに加速。

 ルピルは片手の身長以上ある長い剣を振るう。膂力に加え遠心力を得た剣が凄まじい速度で円を描く。俺は構えた剣を『速離源力』で加速し、ばきんと短い音を立てて切断。「ほう? いいね、おまえ」落下中のルピルに向かって間合いを詰める。空中戦なら俺が有利! もう一本の剣が迫り、さらに俺に近い空中で無数の剣が出現。

 なんだこいつ、術式の発生が早すぎる。

 ヨゼフの砂が後方から殺到。「残りは自分でなんとかしろ!」空中の剣を飲み込んでルピルに向かう。「おっと」ルピルは太い剣を生み出して、砂の上に乗る。

「う、おおおっ」

 俺は『切棘鍼渦断 (キカロレン)』を発動。刃の先に二つの空気の渦を発生させる。剣を振るうと同時にさらに空気を引き込んで規模を増大する。発生した空気の境界が真空の刃となってヨゼフの砂ごとルピルの剣を切断する! カサナカラが使っていた術式のコピーだ。発動が遅いのでほいほいは使えなさそうではあるが、いい術だな。

 真空刃自体は命中しなかったが余波に煽られたルピルが転落。ゼルドのチェーンソーがそこへ伸びる。が、またビルのような大剣が降ってきて細い鎖を阻む。そのまま地面へ失墜。俺が圧縮空気の噴射で距離を取り、ヨゼフも砂で出来た鳥に乗って逃げる。

ルピルが着地。俺も木の上に降りる。じゃじゃらじゃらと奇怪な音を立てて再び無数の剣が生成。再び射出。ゼルドと距離がありすぎて、今度は援護が期待できない。

 だったらこうだ!

 俺はキゼルフェセウを発動する。剣の群れが地面に縫い付けられる。さっきは上からの攻撃だったのでこれでは防げなかったが、今回は水平方向からの攻撃なので叩き落とせる。……はずだったのだが。

「く、ぅ」

 防いでも剣の群れが止まない。俺はリグムやマクルベスほど上級魔術のコントロールに長けていないので、長時間発動を維持し続けることはできない。

「アイバっ」

 ヨゼフが俺を助けようと砂を伸ばす。

「バカ来るなっ!」

 砂が少なくなりガードの薄くなったヨゼフのほうへ、ルピルが加速。

「ちょっと本気だすわ。まだ死ぬなよ?」

 ギゴジルド並のサイズの光る剣がルピルの両手に出現する。なんだあれ? 鉄じゃない。熱量系の攻撃? あっちに魔力を回したせいか、こっちの弾幕が薄くなり、俺は圧縮空気を噴射して刃の群れを離脱。光る剣に向けてなにかしようとした。それより前にゼルドのチェーンソーが光る剣に命中。だがチェーンソーは何も起こさずにただ消えた。ゼルドの頬が引き攣る。

 ヨゼフが砂で防御しようとしたが、無駄だった。紙切れでも引き裂くように砂が割れ、ヨゼフの左肩から右膝までを一直線に駆け抜けた。切られた部分が消失。死んだ。

 それからゼルドのほうへ、顔を向ける。

 前進しようとして、首筋に赤い筋。

「“首落としの鎌”」

 赤い筋がルピルの首を半分ほど進んだ。


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