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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 12


 ベッドの上に尻餅をついた状態で俺は目を覚ました。隣で金髪の女が死ぬほど驚いた顔で固まっている。よくみると知っている顔だった。リゼレッタ=レヴィン、俺の帝国時代の上官だ。……って、あれ?

 記憶が、戻っている?

 ふむ、落ち着け。

 ここまでなにがあったかをなぞってみよう。

 まずダリルレイフにて志願兵と名を借りた徴兵部隊に巻き込まれて戦いに出る。別の土地での戦闘中にクロフェイルという街が王国軍の手に落ちたとの報告が入り、これを奪還するための電撃作戦に参加。その戦いの中で王国に通じていた裏切り者を見つけて処刑して名を上げる。さらに奪還戦で活躍して所属していた部隊の将校が戦死したことで野戦昇進。少尉に任命された。その後、適正試験を受けさせられ、リゼレッタ大尉率いる第五中隊“突撃兵”に配属される。リゼレッタは女性将校ということもあり、軍の中では嫌われ者だった。なので最前線に配属されることが多く、嫌でも実戦経験を積んで強くならざるを得なかった。死ぬほど戦って、負け戦にも駆り出されて、殿を努めさせられて、いつのまにか英雄に祭り上げられていた。リゼレッタに迷惑をかけないために自分の地位をあげようとしてアーク家に入った。アーク家というのは帝国の武門の棟梁で、強い魔術師ならば誰でも入ることができる。現役の「アーク」と戦って勝てばいいのだ。だがアークの血統に存在する戦闘員は全員最強クラスの魔術師なので、生半可なことではなかった。

 そしてガンドラの戦役。

 互いに大群を率いての激突。勝ったほうがのちの戦いを優勢に進める、重要な一戦だった。自分と仲間の命を守るために死ぬほど殺しているうちに、アストナ=フェン=ナイトロールにぶちあたった。俺はアストナを殺した。

が、戦い自体にはどちらも勝ちはしなかった。

 おそらく人間の扱える中では最強の攻撃魔術、俗称で『紅蓮の長槍 (フレイムランス)』による強襲を俺は味方に守られて凌いだ。一騎打ちのはずだったから、反則だ。

 それからリグム=フェン=ナイトロール暗殺という無茶ぶりを要求される。断れなかったのは、リゼレッタを人質に取られたからだ。恋愛感情に近いものを、抱いていたと思う。まったく惚れやすいなぁ、俺。

 夢の中に出てきたやつに英雄願望だとか、好かれたいからとか、散々なことを言われたがわりとあたっている気がする。まああたっていることが余計に腹の立つ要素なのだが。

「逃げたら彼女が死ぬぜ?」

 ああ、嫌なにやにや笑いで言ったのは、アルテア=アークだった。

 あのガキ、舐めやがって。年上だが。というか仮にも義兄だが。

 んで、ナイトロールを襲撃して、リグム=フェン=ナイトロール他十人くらいの魔術師と交戦して、四人は殺したが捕まった。それから、なんか大勢のナイトロールに囲まれて記憶封印と改竄の魔術を食らった。と。

 主要な術式を組んだのはカルートリア=セルル=ナイトロールだ。あだ名でカルーって呼ばれたたな。

「ガーレっ!」

 うおっと?!

 飛びつかれた。後ろに倒れ込んで金具でしたたか頭を打つ。

 肌の感触と人間の熱が伝わる。ひどく自分が冷えていたことに気づく。

「リゼレッタ……、重い……」

「乙女に重いとか言ってんじゃねーよ!」

 胸を殴られる。つーか、乙女?! ああ、おつおんなのことですね!

 いや、そこはつっこむな。泥沼だ。見えてる地雷だ。

「おいおまえ自分のバストが男に与える影響を考慮してからそういうことを、いだ、いだだだだ。こら、噛むな!」

「しゃー!」

 猫のように威嚇する。相変わらず感情表現がバイオレンスだ。むしろシャルルより猫っぽい。殺したけど。こんこんこん、と三度のノック。「……どうぞ」羞恥心から速攻で居住まいを正したリゼレッタが答える。扉が開いて褐色の肌のガキがひょっこり顔を覗かせる。

「ああ、よかった。ちゃんと起きてた」

 というか。


 ヨゼフ=イトイートイットだった。


 電速で神経が反応して、剣を探すが見つからず立ち上がろうとして足が縺れて倒れた。なにも食べていなかったからまったくエネルギーが足りていないのだ。

「そのままでいいよ。楽にしてて」

 普通にヨゼフは言い、そのへんにあった椅子を引いて座る。

 一応でも王国軍のヨゼフとリゼレッタの組み合わせが奇妙すぎる! そのリゼレッタにリアクションがないのが奇妙で、横目で見たら。

「……え?」

 おかしな体勢で固まっていた。

「時間止めたから、周りのことは気にしなくていいよ。ちょっとお話しようぜ」

「え? いや。あの」

「あ、ご紹介が遅れました。かみでーす」

「……ぱーどぅん?」

「いや、だから、神です」

 あれ? なんかデジャブなんだが。

 前にもこんなことあったっけ?

「ああ、あれは偽物だから。ただの勘違い野郎。僕が本物。神神してるでしょ? ほらほら」

 なんか朗らかに笑う。

 俺はため息をついて、リゼレッタの乳を揉んでみた。

 ……ふむ、柔らかい。

 そしてこれでもまだリアクションがない。こいつらが二人で俺を騙してるんじゃないかと思ったが、どうやら本当に時間が止まっているようだ。

「うそん」

「そろそろ面倒だから、話を進めてもいいかな?」

 わけのわからないまま、首を縦に振る。

「君さ、元の世界に帰りたい?」

「え?」

「思い出したでしょ? 君は元々呼ばれたんだ。というより“送り込まれた”んだ。神様同士の喧嘩みたいなものでさ、世界同士で魂の取り合いをやってるんだよ。で、僕の世界から魂を奪うために別の世界から送り込まれた刺客なわけ。君は」

 ……。

 うん。

 あー。

 そういえばそんな話だった気がする。

 願い事一つと引き換えに、俺はこの世界にきたんだ。

「で、だいぶ端折るけど、簡単にいうとあっちの神様と仲直りしたから君のこと返してよ。って言われたんだ。どっちでもいいけどー。って感じではあったけど」

 なんだか投げやりすぎて頭が痛くなる。

「どうする? 帰りたい? 君の願い事の『時間を巻き戻したい』ってのはちゃんと叶えてくれるらしいけど」

 あー、じゃあ。

「帰ろう、かな」

「じゃあ、帰る前に僕のお願い事も一つ聞いて欲しい」

「おい」

「カイセルを殺してよ。迷惑なんだあの子。僕は結構愉快犯だから、戦争が起こること自体は構わないんだ。むしろ大きな動きがあるのは楽しい。けど、あの子はあんまりにもバランスブレイカーだ。ジュレス=セルル=ナイトロール……、――あ、君たちが知ってるのはマクルベス=パラス=サルファーミストのほうの名前か――を瞬殺できるなんて、あんまりにもありえない。あんなのがいたんじゃ戦争が楽しくないんだ」

 ジュレス=セルル=ナイトロール?

 おい、その名前、たしか百五十年前の王国の英雄じゃなかったか?

「で、やってくれる?」

「やだ」

「頼むよ」

「やだって」

「いいじゃん」

「だから」

「ついでだと思ってさ」

「話聴いてるか?」

「聞いてないよ。断らせる気、ないし」

「おい」

「ちなみに僕は君も同じくらいのバランスブレイカーだと思ってる」

 呆れ果てる。

 だからなんだよ。

「つーか神様なんだから自分で排除しろよ」

「それが困ったことに《ヨゼフ=イトイートイット》よりあの子のほうが強いんだよね。なるべくバグめいた強さの生き物には対処しようとしてたんだけど」

「カサナカラカラフとかか?」

「いや、あれと戦ったのは趣味だ」

 俺、この世界の神様いやだわ……。

「うん。じゃあ絡め手からいくか。君には大義名分があるんじゃない?」

「大義名分?」

「ああ、復讐だ」

「……」

「リグムやロットウェル、王国の兵、君と良好な仲を築いていた王国の内部の者を皆殺しにしたのはカイセルだ。ほんとは殺したいほど憎いんじゃないか? 君はリグムのことが結構好きだっただろ」

 だいたいあってるから困る。

 実際俺はカイセルを殺そうとしたのだ。殺意はあった。だが力が足りなかった。無駄死にすることがわかりきっていた。だから戦おうとしなかった。

「それに帝国はこの世界の君の故郷だ。そしてリゼレッタも死ぬぜ。カイセルが本気になったら、誰も彼も死ぬ。なにもかもが終わる」

 たしかに、あいつはそれだけの力を持っている。

 バランスブレイカー。

 これ以上ない表現だ。”殺戮する風”なんかより、よっぽどの虐殺者だ。

「頼むよ。結局僕は下手にでるしかないんだけどね。神と言っても僕は“作った”だけでほとんど観察者にすぎない。偽物のほうが神様してるくらいさ」

「大前提としてさ」

「ん?」

「もしかしておまえ、それやらなかったら俺のこと元の世界に返さないつもりか?」

「うん」

 ため息が出る。たちの悪い神様もいたものだ。

「ていうか君がオッケーっていうまで、僕は君につきまとう。どこまでも延々と付きまとう。君が死ぬまで耳元でやれって言い続けてやる。僕は神様だから殺そうとしても無駄だぜ。しかもどこでもついてくるぜ!」

「それはうざいな」

 苦笑いする。

 もはやため息しか出ない。

 ……まあいいだろう。

 実際に俺はカイセルを憎んでいる。それに殺し合いは得意だ。親友を失って友人を失って恋人を失って、意思まで、そして命まで放り捨てて、殺し合ってやろう。人殺しを躊躇するような心はもう残っていなかった。すでに汚れきって元の光を失っていた。

 俺はどこまでも殺し合うのだ。




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