悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 11
「わからないな。そんなにあれが大事だったのか?」
ぼうっと浮かび上がったのは、端整な顔立ちの若い男だった。光を帯びた水色の髪に、エメラルド色の瞳。長身に軍服が似合う。ああ、知っている。名前はリグム=フェン=ナイトロールだ。王国最強の魔術師って肩書きだったっけ。……最強か。なかなか勘に障る名前だなぁ。
「ロットウェルなんてどこにでもいる普通の人間だったじゃないか。多少腕の立つ錬装士だったというだけだ。どうせなら代わりを見繕ってあげようか? いま君の近くにいるリゼレッタなんてどうだい。ロットウェルに比べれば相当な年増だけど見てくれはなかなかじゃないか」
次は短い金髪に体中に包帯を巻いた女。細くしなやかな筋肉に胸部だけが誇張されている。リゼレッタ=レヴィンだ。“突撃兵”成立の初期から存在する帝国の強者の一人。同じダリルレイフの出身という共通点でガーレ=アークを引き受けさせられた。ああ、第一声が「あなた、訛りがないわね。ほんとはどこの出なの?」だったっけ。頭のいい女だった。
「君はいつだって受動的に行動してきた。そうであるように心がけてきた。あるときはリグム=フェン=ナイトロールの理想の片棒を担ぎ、あるときはロットウェル=ウィンザードに解答を丸投げし、あるときはシャルル=ディバイト=ライトニングデスの苦悩を半分引き受けて、あるときはククロレノクインフクーフの和平のために力を振るった。君はいつだって自分の思考を恥じるように覆い隠してきた。なぜだろうね」
どうしてだろう?
「自分の心なんてどうでもよかったのかい? 古傷に似ている。思い出したように時々痛むだけだ。別にロットウェルじゃなくてもいいんだろ? ラクシェイムが言ってたね。君は魔物だ。打算と鋼鉄の力で命を貪るだけだ。自己正義を持たないなんて、獣よりタチが悪いと私は思うよ。ニンゲンサマ」
それから赤毛を三つ編みにした若い女の姿になる。化粧の乗っていない、荒れた顔をした、あまり美人でない女だ。……ロットウェル。
「彼女に生きていて欲しかったのかい?」
わからなかった。
ただ意味が欲しかった。
リグムを殺し、大勢の仲間を殺し、俺一人で生き残りたくなかった。
殺したことで誰かを救いたかった。
「違うよ」
違うのか?
「君がいつも自分のために動かなかったのは、誰かに好いて欲しかったからさ。尊敬されたい、崇拝されたい、恋をされたい。だから君は英雄に成りたがった。英雄であることを望まないように振舞っていたのも、そのほうが好かれやすいからかな? 増長するやつは醜く見えるからね。でもさ、誰でもいいから好きになってくれ。なんて人間を、誰も愛せはしないんだよね。バカだよね、君って」
それからまた別の女の姿になる。眼鏡を掛けている。頬にはそばかすがある。痩せ型で疲れたようにうつむいていた。黒髪は乱れているのを大雑把に指で梳いて直したようだ。整ってはいなかった。雨でも降ったのか、乾ききっていないブレザー服を着ている。Yシャツで胸にリボン、学校指定の物だ。白い汚れのついたカバンを汚いものに触れるように指二本だけで持っていた。
知らない女だった。
「誰もおまえなんて好きになれないよ」
あれ?
知らないのか?
一瞬懐かしいと思わなかったか?
学校指定ってどこのだ?
……。
ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
それが誰だったのか気づいたとき、俺は悲鳴をあげた。
声の限りに、喉から絞りだすように。