悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 10
鈍色の発動光が密集する。現在確認されている鉄属性の中で最強と言われている『狙窪除穿都撃 (ソガルドレルキ)』が、前方の空間を黒い砲身で埋め尽くす。火薬に火がつき、直系にして1メートルはあるロケット弾が複数発射される。
狼や獅子、猿や蛇などの獣の群れを紙細工のように破砕し、貫通し、後方の空間を駆け抜けていく。建物ごと粉砕して後方の王城の城壁が壊れる。土煙があがる。対魔法障壁が辛うじて全壊を逃せたが、マクルベスの攻撃力は圧倒的だった。
だが。
「……キリがないな。同一の術者が産み落としているもののようだから消耗戦に持ち込めば勝てると思っていたが、勢いが落ちる気配がない。これの術者は一体何者だ?」
複数人の術者でサポートして一つの術式を構築し続けているのかとも思った。
しかしそれならば大規模な魔法陣を何人もの魔術師が囲んでいる形になるが、それらしき魔力の感覚がない。ナイトロールの隠蔽術式はそこまで高度にモノになっているのだろうか? いま考えるべきではないと判断し、召喚獣の殲滅に戻る。
そもそも王国が異常だ。
帝国がここまでありえない進撃速度で王都まで進んでこれたのは、王国側がガンドラ平原に兵をだしてこなかったからだ。ヴァルクリフ守備隊との決戦以降、帝国軍は王国兵と戦闘を行っていないらしい。アルバース軍も街を制圧などで、警備隊や守備隊との戦闘は行ってはいた。しかしその中に大陸最強と言われるチェインジュディス王国軍の本隊はいなかった。
そしていまこの王都侵略でも、それらしき兵士との戦闘は一切ない。死んだように静まり帰った王都の中を魔物に似た生き物が徘徊しているだけだ。民家の中には人がいたが、動いているし生活は営んでいるものの、話しかけても反応はしなかった。
加えて、空気中に漂っているこの胞子状の何か。
アルバース軍に降りかかってくるものはマクルベスが弱い毒をばらまいて胞子を殺して対処しているし、帝国軍でも毒属性の術者が同様の対処をしているようだが。
……不気味で仕方がなかった。
「マクルベス様、あれを」
遠令士が遠い城壁の上を指す。マクルベスは『水戌晶 (エセルシ)』の術式を発動する。眼球内の構造を改変し、水晶体の厚みを倍に変化させる。色や近くの視界を排除、極端な遠視が可能な眼球を形成する。
城壁の上に人間の姿がある。少年のように見える。水色の髪とエメラルドの瞳、それにナイトロールの魔術師の法衣を着ている。口元を抑えているのは、吐き気をこらえているようだった。体の周辺には虹色の発動光が広がっている。
「あれが術者か!」
眼球を元に戻してマクルベスが跳躍する。鉄属性により鉄柱を生み出して足場を連続して組み立て、少年のほうへ迫る。阻もうと鳥型や、虫型の魔物がマクルベスに接近してくる。マクルベスは『塩誅戮虫素 (エルレッソ)』と『竜臥断鱗巻』を発動。有機塩素系の強力な殺虫剤が虫を寄せ付けない。また竜巻によるでたらめな気流の渦が翼の機能を奪いとる!
さらに毒属性の紫色の発動光が少年に向けて放たれる。十五メートルほど立ち上がった毒の大津波が王城を飲み込もうとする。対して少年の周囲で虹色の発動光が展開し、圧縮する。そして異常に高まったそれが一気に開闢。
「な……?」
周囲の建物より二回りほど大きい緑色の炎に包まれた鳥が出現する。毒の津波は鳥に触れた瞬間に蒸発する。マクルベスは一刹那のあいだに炭酸水素ナトリウムや二酸化炭素を主成分とする各種消火剤を合成。さらに膨大な量の水を合成し、炎の着弾に備える。それらが辛うじてマクルベスの命を守った。
緑色の炎の鳥は消火剤を貫通して、水の膜に激突。
膨大な量の水蒸気を突き抜けてマクルベスの五体を焦がし、後方の空に抜けていった。鋼で形成していた足場がえぐり取られたようになくなっている。断面は高熱で溶け、灰色の液体となっていた。
「マクルベス様っ!」
アルバース軍の魔術師たちが焼けて落ちていくマクルベスを拾う。
ひどいありさまだった。火傷と裂傷と打撲で全身が擦り切れている。不規則で荒い呼吸だけが、まだ生きていることを示す。
マクルベスは大陸でも最強クラスの魔術師だ。当然アルバースにそれを超える戦力などあるはずがない。
「に、逃げるぞ……」
そしてアルバースの魔術師たちはいま、引くための口実を得てしまった。
「マクルベス様を安全な場所で治療しなければっ!」
同意の声があがる。戦線からアルバースの魔術師が引き上げていく。
当然その負荷は帝国軍にのしかかる。
あとはもう総崩れだった。