悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 9
帝国がフォーリアを制圧し、王国に向けて進撃を開始するまでにはさらに一週間の日が開いた。リゼレッタはシャルトルーゼでの待機を命じられた。不本意だったし、参加させてもらえるように上層部に噛み付いたが、シャルトルーゼでの反乱分子を抑えるために誰かが残らないといけないのは事実だった。いまが静かすぎるのは、大規模な反乱の前触れではないか、というのが上の見解だった。その可能性もありえるな、とはリゼレッタ自身も思っている。ここまで簡単に行き過ぎているのが、逆に彼らを不安にさせていた。
そして対話にしろ、戦闘にしろ、他の突撃兵に任せるには彼らは血の気が多すぎた。リゼレッタはアルテア=アークというのがどれほど貴重な人材だったのか、いなくなってからようやく理解した。理知的で部下の評価をきちんとして、上には忠実で下には無理を押し付けない。そして冷酷で残酷で、戦闘となれば誰よりも強い。とてもリゼレッタにはできないことばかりだった。
彼女は私情を持ち込みすぎる。
それに楽観がすぎた。
とはいえ彼女がいたからといってどうにもならなかっただろうけれど。
まず最初に王国の東の端に位置する城壁都市ヴァルクリフの守護隊と交戦。『紅蓮の長槍』の直系の一人であるオルア―ガ=フェン=ナイトロールを中心に、王国でも指折りの精鋭達で固められた守備隊に、帝国軍本隊は大いに苦戦する。犠牲は大きかったが、守備隊二万二千に対して、帝国軍八万七千を抑えきれるはずもなく、ヴァルクリフが陥落。
アルバース軍や、シャルトルーゼから出た兵隊たちと連携を取りつつ侵攻を進め、首都チェインジュディスに到達した。
そして一昼夜と持たずに壊滅した。まず先鋒となって飛び込んだ突撃兵たちが瞬く間に全滅、続けて一般兵が建物ほどある狼に襲われて半壊、戦意を失って逃亡。後続も近づく傍から獣に襲われて死亡。
マクルベス=パラス=サルファーミストの参戦によって一時は盛り返したが、獣たちを操る術者と思われる少年が現れて交戦。「僕の引きこもりライフを邪魔するなあああああ!」と叫んだ少年が炎に包まれた巨大な鳥を召喚し、マクルベスが重傷を負い撤退。
それを皮切りに再び均衡が崩れた。
そしてそこから先はただの虐殺だった。軍隊は軍という括りを失い、ただの人間の群れに戻った。呼び出された獣に食い殺されるのを待つだけだ。
さらに召喚された獣達は帝国に向けて放たれる。その際に少年は「僕の安眠を妨害するやつらはただじゃおかない!」と言ったらしいが、真意はわからない。
カイセルはまるで天災かなにかのようだった。
気まぐれに人を皆殺しにするだけの、意志のある最悪だ。
本国に残った帝国軍はほとんど無制限に現れる召喚獣の駆除にひどく手間取っているらしい。マクルベスに重傷を負わせた炎の鳥や突撃兵を蹴散らした狼ではない、小粒な獣たちですら、一般兵の手には負えない。たった一人の驚異が帝国を食い散らしていく。
リゼレッタたちにもいずれ招集がかかるだろう。だが噂に聴く大陸最強と言われる魔術師の一人であるマクルベスを瞬殺するようなやつが、自分の手に負えるとは思わなかった。
(手に負えるとしたら……)
リゼレッタは自分の傍らにいるガーレ=アークに視線を移す。
それからその考えを恥じるように首を振る。もし彼が目を覚ましたとして、どういう口上で戦わせるというのだ。帝国が彼を見捨てたというのは風の噂程度に聞いている。たぶん、彼は帝国を憎んでいる。やはりここで殺すべきなのか。自分の内に問いかけたが、できないと思った。その理由はただの私情だ。
「軍人は命令に従っていればいい、か……」
自分がアルテアを殺そうとしたように。