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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 8



 シャルトルーゼの兵士たちは、帝国の突撃兵たちの活躍と、フィーリアの「声」と、ラクシェイム自身によって半壊した。さらにシャルル=ディバイト=ライトニングデスとキルトレイン=ラクシェイムの戦死が追い打ちを掛け、残る兵士の大半も戦意を喪失。帝国軍にも被害は出たが、広範囲に陣地を散らしていたためシャルトルーゼ側に比べれば少なく、戦局は帝国に大きく傾くことになった。

 レイウドアはガルドメイス獣共和国に救援を求めたが、ガルドメイスはこれを拒否。基本的に獣共和国は排他的な国だ。人間同士の争いには巻き込まれたくないのだろう。と最初は思っていたのだが、別の事情があったことがのちにわかる。

 その後、数週間でシャルトルーゼは帝国の手に落ちた。

 制圧のさいにレイウドアが処刑され、代わりに帝国側から領主が選ばれた。しかしそれ以外にはあまり横暴な人事は行わなかった。

 急速に領土を広げてきた帝国は、各地で食料不足を起こしている。シャルトルーゼの農業は喉から手が出るほど欲しいものだった。豊満な土地と就学率、識字率の高い市民を持つシャルトルーゼの内政に手をいれると、かえって生産性が落ちてしまうと考えたのだ。とはいえ、帝国の目標はその先にある王国を手中にいれることだ。いずれは他の領と同じように、兵役と税を課すことになるのだろう。

 シャルトルーゼの作戦部隊の指揮を任されたリゼレッタはあまりのあっけなさに退屈を覚えていた。本国のほうでは死んだと聞かされていたフィーリア=オーンが暴走して、こちらよりもむしろそちらのほうが大変なことになっているらしい。

 一つだけリゼレッタが頭を抱えていることがある。

 シャルトルーゼの兵は練度こそ足りないが従順で早くも新しい環境に馴染みつつある。テロや帝国への反抗などもほとんどない。兵士達も温暖で豊かな土地に居心地のよさを感じているようだ。すべては順調だった。

 ならば何に悩んでいるのかというと、ガーレ=アーク=ソードフィールドをどうするかだ。

 アルテア率いる第三中隊が戦闘を行っていたあたりで、キャルト族の死体の前で呆けていた。とりあえず無理矢理連れてきたまではよかったが。話しかけてもまるで反応がない。食事を持って行っても食べない。一日中ぼーっと壁を見つめている。

 上に報告すべきかどうか迷っていた。とりあえず世話係にも保留にして貰っている。それは多分に私情を含んでいることに、自分でも気づいていた。

(それにしても、まさか生きていたなんて)

 彼女はガーレが死んだときいたときも随分疑ったものだが。

 時間がすぎるにつれて音沙汰がなかったのでやはり死んだのだと思い直していた。

 リゼレッタは深く息を吐く。扉をノックする。返事はなかった。

「入るわよ?」

 声だけをかけて勝手に扉をあけた。昨日と同じようにガーレが壁を見ている。食事をしていないせいで、幾分窶れてきたように見える。ちゃんと眠っているのだろうか。このまま放っておいたらいずれ餓死するだろう。

「ねえ、ガーレ。あなたいったいどうしたのよ」

 隣に腰掛ける。

 反応を示さないガーレに、自然にため息がついてでる。

 いっそのこと剣でも向けてみようか? 殺気に反応を示すかもしれない。彼女の下で剣を振るっていたころのガーレ=アークはそういうやつだった。彼女は、帝国軍だったころのガーレの直接の上官だった。二度か三度ほど、彼に命を助けられた。

 こうして彼の隣にいるのは、義理を感じているからだろうか? なんだか感情にうまく整理がついていない。水差しを取って、少し無理矢理口に含ませる。ほっといたらほんとうに壁をみているだけなのだ。

「……静かね」

 まるで台風の目に入ったようだ。すべてを消し飛ばす彼の風が、ここだけに吹いていない。

 水面下で交渉を続けてきて、ついにアルバース公国が帝国と同盟を組んだ。これで王国に向けて三方向から同時攻撃を仕掛けることが可能になる。王国に対して数でこそ勝るが、練度で劣る帝国兵の欠点はさらに多くの数でカバーすることができるはずだ。が、本国ではフィーリア=オーンが反旗を翻したことで大きな被害が出ている。本国にも強力な魔術師達は残っているが、相手がフィーリアでは苦戦は必至だろう。いったい戦況がどう転ぶのか彼女にはわからなかった。

 遠い西の地のガルドメイスでは魔王ルピルルッルが現れて、大騒ぎになっているらしい。

 北のアイスログは虎視眈々と王国自治区パピュス領を狙っている。

 アルバースでも帝国と同盟を結ぶことに反対する一派が暴動を起こしている。

 大きな嵐が根こそぎ大陸を覆っている。シャルトルーゼの地だけがいまは静かだ。



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