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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 7




 

 少し前。

 一足先に戦場から逃れていたアルテア=アークは、帝国兵に包囲されていた。

「アルテア=アーク、反帝国組織“民主主義の会”に参加していた疑いで逮捕状が出ています。おとなしく従っていただけますか」

「……どういうことかな? 誰の命令?」

「申し上げることができません」

 顔以外の全身に耐熱帯を巻いた金髪の女が言う。たしか第一中隊の部隊長だったはずだ。名前は、なんといっただろうか? リベッタ、違うな。リグレット。近いと思う。ああ、そうだ。リゼレッタだ。

「いや、意地悪言ったね。わかってるよ。ようするに元老院が俺を見限ったんだろ?」

 リゼレッタは答えない。つれないな、とアルテアは思う。

「次の帝国騎士筆頭の座には君が収まるのかい? リゼレッタ=レヴァンくん。つーか君も現行の政治制度に満足はしてないんじゃないか。レヴィン家はたしか下級貴族だろ?」

 アルテアの服の下に仕込んでいる一枚の札が、ぱきんと小さい音を立てて割れた。話し声に紛れてそれは誰の耳にも届かなかった。遠くでフィーリアの鎖が解術されたはずだ。アホだな、とアルテアは思う。こんな悠長なことをしている暇があれば、さっさと全員で仕掛けてきて殺しにくればいいのに。

 そうしないのはおそらくリゼレッタ自身、アルテアと戦うことを躊躇っているからだ。

「オレと同様、君みたいなのは確実にあいつらのお気に入りじゃない。オレを殺しても、次は切り捨てられるのは君の番だぜ?」

「……」

 目の奥に苦悩が浮かぶ。しかしリゼレッタは迷いを振り切った。「抵抗の意思あり。殺せ」短く唇が動く。だが一番最初に行動したのはアルテアだった。ない片腕ではバランスがとり辛いながら、突き出された幾つかの槍を、槍と槍の隙間に体を捩じ込み、一人の胴を剣で薙ぐ。続けて鋼鉄系の鈍色の発動光が発光、喋っているあいだに溜めていた、『煉蓮裂録獄』の術式を発動、アルミニウムの粉塵を大量に生成、着火。粉塵爆発現象を引き起こし、近距離の兵士達を吹き飛ばす。

リゼレッタが爆発の死角から槍を突き出す。神速で反応したアルテアが、踵で槍を蹴り上げる。彼女は構わず前に出た。圧縮空気の噴射で引こうとするが、アルテアが魔法を発動するよりリゼレッタが間合いを詰めるほうが速い。近距離で火炎が展開、「このっ……」札が発光し『封叱失印』が炎を鎮静させるが、連動した膝蹴りがアルテアの鳩尾に食い込む。唾と血と吐瀉物を吹き出しながら、アルテアが地面を転がる。苦しむ間もあたえてくれず、槍が降ってくる。途中で『速離源力』が完成したが、リゼレッタのほうにも『爆迦風裂』が完成。専門職でないアルテアの加速魔法より、リゼレッタのほうが速度もコントロールも優れている。

 実戦において炎擊士と錬装士の数が最も多い。単純にその二つの魔術師が、戦闘能力に優れているからだ。炎擊士はどちらかといえば後衛型の魔術師だが、リゼレッタは前衛としての能力もそこそこに高いらしい。

(これ以上、傷を負ったら……さすがにまずいかな?)

 服の裏側にある札が発光。小さい陣を描く。続けて詠唱しようとした。が、わずかにアーモンド臭がしてあわてて息を止めた。シアン化水素の霧を発生させる毒属性『アズン』の術式がアルテアの周囲を取り囲んでいた。毒の霧を脱出するために『封叱失印』を使わざるを得ず、式神のために組んでいた陣が消滅する。アルテアはひたすら逃げる。リゼレッタは上級魔術を構築しつつ追う。

「“あれ”は使わせません」

(こいつ……、ガチでやりあっても俺より強いんじゃないか?!)

 魔法能力が対等に近く、リゼレッタはアルテアの対策を組んできている。

 後衛のくせに状況に応じて間合いを詰める大胆さも持ち合わせている。

隙がない。

「ねえ、リゼレッタくん。このまま俺にかまってたらもうすぐ死ぬけど、いまどんな気持ち?」

「この状況を、逆転できると?」

 槍と剣がかち合いながら、アルテアは微笑した。

「いや、強いていうならやるのは俺じゃないよ」

 続きは口にするまでもなかった。

すぐにそれがやってきた。

「ほら、ガードしないと死ぬぞ」

 帝国の陣地を蹂躙したのはアルテアめがけて放たれたフィーリアの“地獄の唄”だ。その正体は声で空気を破烈させて生み出している衝撃波である。全方位に放射されるがゆえに非常に回避が難しい。加えて帝国からシャルトルーゼまでおよそ3000キロメートルは離れている。マクルベス=パラスに匹敵するリーチと破壊力だ。喉を潰さなければ、これをもっと緻密なコントロールで放つことができるのだから恐ろしい。

 アルテアは『封叱失印』を多重発動、衝撃波を相殺する。

 フィーリアもアルテアが防げることがわかっているので、これはただのやつあたりなのだろう。散々フィーリアをいじめた甲斐があった。復讐する気力がなくならない程度に甚振る、匙加減に苦労したものだ。それでも撃ってくれるかの確率は半々程度だろうと思っていたが。 

 リゼレッタは急造のカーゴグウンを無理矢理に連射する。一人分の逃げ場を確保するのがやっとで、陣地が根こそぎ崩壊していくのを見ているしかなかった。アルテアと違って狭い範囲の逃げ場しか確保できないので、いま逃げればリゼレッタは追ってこれない。

アルテアはリゼレッタを殺しておこうかと思ったが、やめた。わざわざ追ってはこないと思ったからだ。『封叱失印』が効いているうちに距離をとったほうがいい。

「     」

 リゼレッタがなにか叫んだようにみえたが、聞こえなかったので無視して逃げることにした。




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