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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 4





 フェンシングのように半身を隠す構えになったラクシェイムが横薙ぎに剣を振るう。アルテアは札で弾こうとしたが、剣が急停止。半身の奥から左手が伸びる。アルテアが反射で首を捻る。爪の先が掠めて肉が少し抉れる感触がする。

 札を使おうとアルテアが手を伸ばす。回転しつつ踊るように半歩引いたラクシェイムが札をかわし、下段蹴りを繰り出す。わずかに跳んでかわすしかなかった。好機とみたラクシェイムが逆袈裟の斬撃を放つ。致死の軌道に対してアルテアは小さく呟いた。「疾」剣に触れた足のあたりが発光する。

服の隙間に仕込んだ札っ!

 札と剣がかち合う。ラクシェイムが舌打ちする。剣は完全に速度を失っていた。切れない。ラクシェイムが剣を引いて距離をとる。アルテアは空中で『速離源力』を発動する。圧縮空気を吸引し、噴射した加速のままに顔面を蹴ってラクシェイムを吹っ飛ばす。大柄な剣士が空中で一転して着地する。

「くっ……、鉛を蹴ったみたいな感触だなぁ」

 蹴ったアルテアのほうが表情を歪めている。足首を少し痛めていた。全身鋼の塊のようだった。喋ると肉を削がれた頬が痛んだ。

「身体能力任せの接近戦で俺についてこれる魔術師は貴公で二人目だ」

 ラクシェイムは心底楽しそうに犬歯を剥き出しにする。

 思考まで悪魔に塗り代わりつつあるのだ。再び爆発するように加速して間合いを詰めてくる。人間の筋力でだせる速さではなかった。

「あんまり長い時間その剣使ってると戻れなくなるぞ」

「おまえに言われる筋合いはないっ!」

 大きく振りかぶった上段切りを札でガードする。全力で踏み込んで繰り出した斬撃だったが、薄い金属板一枚を切り裂くことができなかった。

(『封叱失印 (フリブレン)』か。奇怪な術を使う)

 アルテアの右手に鈍色の光が集う。鋼が伸びて、刃が精錬される。鉄属性下級『刃竈紋ジレン』の術式。体勢を低くして真っ直ぐに剣を突き出す。全力の斬撃を止められたばかりのラクシェイムにはかわせない。心臓の下に鋼が到達し、『刃竈紋』で作りあげた鋼の剣が、筋肉を貫通し切ることができずに砕けて折れた。鼻で笑うのが耳の端に聴こえる。

「破壊力の高い高位魔術は使えんのか?」

「っ……」

 手首の痛みを堪えながらアルテアが引こうとする。だがラクシェイムが右足を振り上げるほうが速い。首を傾けてかわそうとするが、爪先が顎の端を掠める。脳が揺れる。振り上げた踵が帰ってくる。「こ、の……」二枚の札をその場で炸裂させ、強引に距離をとろうとする。全身を魔力で構築しているラクシェイムは『封叱失印』に怯みながらも、逆の足で地面を蹴り、振り上げた足を地面に叩きつけながら不安定な体勢のまま水平に構えた剣を振るう。無理矢理体を下げたアルテアの胸に薄い線が引かれる。服一枚が薄く切れただけだった。

 互いに近接格闘に優れる魔術師同士が奇妙なバランスを保っている。アルテアのほうが状況は悪い。鋼に近い硬度を持つラクシェイムに有効な打撃を与えられずにいる。対してラクシェイムの一撃はすべて必殺だ。それも悪魔の強度と身体能力に任せて強引な戦略をとることができる。アルテアの敗北は体力と時間の問題に見える。

 ――そういう風にラクシェイムが思ってくれていれば、アルテアは満足だった。

 さらに追撃のためにラクシェイムが前に出る。アルテアは連続して繰り出される突きを一つ二つとかわし、弱い爆炎で切っ先を挫く。アルテアから間合いを詰めて札を叩きつけようとするが、わずかに引いたラクシェイムに届かずにリーチに優れる長剣が振り下ろされる。『速離源力』を発動し、姿勢制御を無視して地面を転がって逃げる。体勢を立て直そうと地面に足をついて顔を起こしたときには、ラクシェイムの長い足が目の前に迫っていた。「ちぃっ」純粋な身体能力では話にならないほどの差がある。アルテアが両手を交差して蹴りを受ける。利き腕の骨が砕け、首から上が捻じ曲がる。逆の足が振り子のように振られる。無理矢理体を沈めてかわす。耳の真上で風が切れる感触。ラクシェイムが先にけりだした足を地面に突き、もう片方の足を力任せに引き戻す。付随した縦薙ぎの剣が瀑布のように空気を寸断する。回避不能な角度、タイミングでのまさしく致命の一撃だった。そして同時にラクシェイムが隙を晒した瞬間でもあった。ラクシェイムの死角から地面に貼り付けた札が発光する。共鳴するように、それまで使用して投げ捨てた札が発光。札ごとに光の線を結び、軌道が方陣を描く。

「?!」

 落下する寸前の剣が横から、ラクシェイムの体ごと吹き飛んだ。土の塊が無数の札から長く伸び、幾つもの蛇の顎がラクシェイムを銜えたまま絡みついて締め付ける。

「灰塵、荒野、積み重なる物……」

 両腕をだらりとさげたアルテアがふらつきながら立ち上がる。ラクシェイムの顔には驚愕と恐怖と、憤怒。

「嵐、雨の元に汝はある。弓と剣、血と戦果、共にあれ、来たるは蛇、“永久の渦”」

 土の殺到が続く。

アルテアは札を構える。土属性の発光が強く周囲を照らす。

「護法式神・大巻き蛇」

無数の蛇は質量を増大し続け、大きな屋敷ほどある斑模様の球体となって止まった。

「たしかに俺は札と詠唱なしじゃこの程度の魔術も使えない。せいぜい土塊の中で笑ってろよ」






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