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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 3




 帝国兵がガンドラ平原を越えてシャルトルーゼ領に侵入してきた。と、遠令士が伝えてきたのが最後の報告だった。東の関所が突破されたのだと誰も容易に理解できた。最早一刻の猶予もなかった。指揮官クラスを集めて緊急会議を開く。

「前線には私が出よう」

 ラクシェイムが言う。

「ならん」

 レイウドアが即座に否定する。

 レイウドアの考えは少し頭の回るものなら簡単に透けて見えた。ラクシェイムはシャルルを除けばシャルトルーゼの最大の手札だ。“暗い剣 (ダークソード)”、“魔剣使いラクシェイム”の名を近隣で知らないものはいない。レイウドアはラクシェイムを自分の近くに護衛として配置したいのだ。それが自分の生存率をあげると信じている。いいや、単に不安をぬぐうためかもしれない。

 しかし実際に帝国兵がレイウドアの元に辿り着く頃には、シャルトルーゼの敗北は決している。シャルルが魔王アゼルアグアと戦うことができなかったように、おろかな采配といわざるを得なかった。

「効果的な戦果をあげるために必要なことです。ご理解ください」

 わざと皮肉めいた言い方をする。

 レイウドアは口元をゆがめたまま黙りこむ。

「帝国の部隊は完全だ。正面から戦えば確実な全滅が待っている。前線を俺が食い止め、側面、背面から同時に叩くしかない。幸い地の利は我々にある」

「奇襲をかける、と?」

「ああ。しかし生半可な奇襲ではいけない。そして退路を断ってもいけない」

「なぜですか?」

「帝国が見据えているのはあくまでシャルトルーゼの先にあるチェインジュディス王国だ。シャルトルーゼ奪取のために兵力を浪費しすぎれば、チェインジュディスの包囲に支障がでる。ここまでならば殺されてもかまわないという限界数が必ず存在する」

「つまり我々単独での敗北は本来確定している。が、その先の王国を攻め入るための戦力を削られるのを嫌って帝国が自ら退却することを勝利条件にする。ということですか?」

 ラクシェイムは頷いた。

「ガフェナラ、おまえの言いたいことはわかる。帝国が『シャルトルーゼごときに兵を引いた』というメンツが潰れるのを嫌って力任せのごり押しを展開してきたらどうするのか? だろう」

 若い将校が頷く。

 ラクシェイムはそれに対する解答を持たなかった。

「大丈夫だ。それはありえない」

 ほんの数刻前までは、だ。

いまは断言できる。帝国が力任せにシャルトルーゼに押し入ることはありえない。

なぜならアルテア=アークや、フィーリア=オーンと言った強力な魔術師たちをこの辺境で浪費するわけにはいかないからだ。

「シャルル様がいるかぎり、それはありえん」

 自らに言い聞かせるように、ラクシェイムは呟いた。



 都市近郊に陣は構えられていた。ラクシェイムの率いる一隊だけが大きく前に飛び出している。これから人間が死ぬとは思えないほどに、ただ静かだった。シャルルがいれば電磁波をあたりいったいに反響させて敵軍の位置を特定できるかもしれないが、あのバカ領主が彼女を手元におきたがったがために参戦が遅れている。

 いいや、帰って好都合かもしれない。

 彼女を序盤で疲労させるわけにはいかない。

(露払いは俺の役目だ……!)

 ラクシェイムは魔剣の柄に右手をやる。魔剣の柄ががりがりと蠢く。

「もう少し待て。今夜はお前の腹を底まで満たしてやる」

 シィ。あざやかな銀の刀身が嗤う。装飾の施された細く美しい剣の作りと裏腹に、底なし沼のような鈍くて嫌な危うさがある。ろくに手入れをしていないはずの刃には錆も刃こぼれも浮かんでいない。

 シイイイイッ。

 不意に剣の嗤い声が大きくなった。

「来るぞ。構えろ」

 え? と口にだして数人がラクシェイムを振り返る。無理もなかった。まだ敵の姿は影も形もないのだ。ラクシェイムも剣を持っていなければ気づかなかったかもしれない。火炎系の上級魔術『陽歪螺無選失炎 (カルラナエラン)』だった。人間が物を見ることができるのは、光のあたった物体が光を反射しそれを網膜が捉えるからだ。そして光は性質の違う空気を直進できない。熱によって対流を起こし、光の反射角を大きく歪めて姿を隠していた帝国兵がバーグルツによる猛烈な加速で突っ込んでくる。

 不可視の奇襲を辛うじて防いだのはラクシェイムだけだった。

 他は火炎と爆風に砕かれ血霧になって吹き飛び、刃で脳を貫かれて、瞬く間に十四人が死んだ。

「噂に聴くの帝国の突撃兵か!」

「そーだよ」

  なにもない空間からいきなり姿を現したのは、二十歳そこそこの白髪の青年だった。背は百七十程度で、黒い東方に衣装を着崩している。お世辞にも威厳があるとはいえない姿だった。ラクシェイムは彼を知っている。ガンドラの戦役で見たことがあるからだ。十四歳の時に帝国騎士の筆頭まで上り詰めた天才、アルテア=アーク=マジックキルだ。やる気がなさそうに手足をだらりと下げている。垂れた目尻には光がない。

「こいつはオレがやるから、君ら先いって」

 緩い衣装のどこかに手をやり、細い金属の板を取り出す。表面が赤く塗られていて、黒い線で不可解な模様が描かれている。たしか“お札”といったはずだ。ヒノモトの呪い師が使う魔法具の一種だ。

 ラクシェイムは小さく息を吸い込んだ。

「食え。グラシャラボラス」

 握っている魔剣の低い唸り声が濁音に変わる。

遠目から帝国兵の炎撃士が動いた。球形の燃料を指で弾く。ラクシェイムの手前でそれは炎に変わる。『火儘獄沁炎』が発動。合成された酸素を飲み込んでバックドラフト現象を起こして小さな種火が爆発的に燃焼する。ラクシェイムを紅蓮が飲み下す。

 炎撃士は油断していなかった。視界が爆炎に塞がれたあと、セオリー通りに少し距離を開けて二射目を構えようとした。魔力の流れがあれば『爆迦風裂』で引くこともできる。

だが雷鳴のような速さで爆炎を潜り抜けてきた、青黒い生き物が自分に剣を突き立てようとしていたとき、なにが起こったのかわからなかった。

一刹那のあいだに横合いアルテアが剣の横腹に札を叩きつける。札が魔術の発動光を放ち、剣がかち上げられる。蹴りでアルテアを払おうとした青黒い物体のさらに側面にまわって、跳躍気味の前蹴りを叩き込んで大柄の剣士を吹き飛ばす。札が地面に落ち、からんと乾いた音をならした。アルテアが目だけで炎撃士を見ていった。

「余計な手間かけさせないでくれるかなっ?!」

「も、申し訳ございません」

「命令違反、一点減点ね。アッカザド=ジイズ、オレは君のことを結構買ってるんだよ。下手な死に方をしないでくれ。こいつはまだ君の手には負えない」

 別の札を構えて剣士とのあいだに立ちふさがる。はやくいけ、と首で示した。剣士はすでにこちらに向かって疾走を始めている。炎撃士はぐっと唇を噛み、『爆迦風裂』を発動して別の戦場に向かう。発動は早く、術式も強靭。アッカザドは才能のある魔術師だ。ここで無駄死にさせるわけにはいかない。

「“暗い剣”のラクシェイムだよね。たしか魔剣の力を借りて悪魔化できるんだっけ」

「アルテア=アークに名前を覚えられているとは、光栄だ」


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