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悲鳴と共鳴と汚れた魔剣 2


 シャルトルーゼが滅びるのは、王国のついでだった。シャルトルーゼとチェインジュディスは同盟国の関係にある。両者は良好に貿易などをかわしていて、一応築かれている関所もほとんど形だけのものとなっている。圧倒的に軍事力は違うものの、王国は帝国のように無理に領土を広げようとしなかった。王国はむしろシャルトルーゼを挟んで南西に位置するガルドメイスと揉め事になることを嫌い、帝国からの侵略から保護する立場にあった。それが強力な魔術師をたった一人しか有していなかったシャルトルーゼがいままでその立場を維持できていた理由である。


「王国からの返答はまだか?」

 領主であるレイウドアは怒鳴り散らしていた。帝国はガンドラ平原の東の端に兵を構えてすでに進撃してきている。その数はおよそ十万。対してシャルトルーゼの兵は一万にも満たなかった。シャルル=ディバイトの脱走以来、たった一人の強い魔術師をも失ってしまっていた。このままではこの国は跡形もなく消し去られる。

「おかしい。なにかがおかしい」

「うるさい。黙れフォルスラっ!」

 レイウドアが言う。フォルスラは無能に用はなかった。レイウドアの側近のアズエルを選んで肩を叩いた。「少しお話が」別室に連れ込む。レイウドアは二人を気に食わなさそうな目で見ていたが、咎めることはしなかった。

「王国からの救援はこないかもしれません」

「……やはりか。どういう理由でその結論に至った?」

「ガンドラ平原を越えた先、王国領に最も近い街であるクロフェイルの守護を考えれば、帝国が十万もの兵をだせるはずがないのです。王国軍は兵数七万前後ですが、錬度でも装備でも王国軍が遥かに上まわっている。帝国軍総計二十八万のうち、十万もの兵をだせばクロフェイルは間違いなく王国の手に落ちるでしょう。そして現在の帝国にガーレ=アークはいない。電撃戦での奪還は不可能だ。シャルトルーゼに対して十万の兵をだすのは、帝国にはリスクが高すぎる」

「なんらかの理由があって王国側が兵をだせないことを見越して、帝国はこちらに大軍を差し向けてきたということか?」

 フォルスラが頷く。

 アズエルは別の見解を持っていたが、フォルスラの説にも一理あるかもしれないと思った。彼が考えていたのは、シャルトルーゼが王国に切られたのでは、ということだ。同盟国であることのメリットがなくなったから、王国に兵をだす理由がなくなった。それは充分にありえることだった。むしろ王国が守護してくれると楽観視していたレイウドアにいつも苛立ちを覚えていた。

 とはいえ、レイウドアは決して無能な人間ではなかったのだ。彼は元々商業畑の人間で、打ち出した政策の多くは商人の取引を潤滑にし、シャルトルーゼの経済発展に尽力してきた。市民の生活水準は向上し、治安はよくなった。住民は増え、それがさらなる需要と供給を生んだ。代わりに軍備が削られ、現状に晒されているのだが。

 フォルスラは歯を噛む。レイウドアを領主に選んだのはシャルトルーゼの民だ。市民の生活にとってそれが最も都合がよかったからだ。フォルスラには危機感のない市民がにくくて仕方がなかった。

「そこで考えたのですが、王国は滅びたのではないでしょうか」

「滅びた?」

「はい。前例から鑑みるに王国は契約に固いです。あれだけ抵抗したパピュスにさえ、“北の暴国”アイスログからの侵略に晒されたときには一切の躊躇無く救援を出しています。いま王国は“兵を出さない”のではなく“出せない”のではないでしょうか」

「今後一切王国を頼りに動くことはしないほうがいい。とお前は言いたいわけか」

 フォルスラはもう一度頷く。

 それはシャルトルーゼにとって死刑宣告に近い。

「お前はどう動くべきだと考える?」

「速やかに降伏すべきだと思います」

 アズエルも同意見だった。

 帝国と殺し合いをしたところで万に一つにも勝ち目はない。

 最も損害を少なくしようとすれば、それが必然になる。

「レイウドア様がそれを受け入れてくださるか。そして帝国の治政でシャルトルーゼがどうなるか、だな」

「聞くところによると帝国の植民地化した地点はいずれも兵役と重税で苦しんでいますね」

「……仕方あるまい。可能な限りライムラントに移民を受け入れて貰おう。幾つかカードはある。そのあとは我々がレイウドア様を殺してその首を持って降伏する」

「そうですね、それが――」

 叩きつけられるようにして扉が開いた。

「貴様らっ! いまなんと言っていた?!」

 レイウドアだった。後ろに数人の騎士を従えている。

 アズエルとフォルスラは弁解する暇もなかった。騎士が剣を抜く。「お待ちくださ――」まず最初にアズエルが殺された。心臓を一突きだった。

「ラクシェイム、お前……」

「言い訳は冥府で聞こう」

 フォルスラは首を切られた。ラクシェイムと呼ばれた騎士はひざまづき、剣の先に乗った首をレイウドアの前に捧げて見せる。

「わたしの国だ。渡さんぞ……! 誰にも渡してなるものかっ」

 レイウドアの目は憔悴でどろりと濁っている。

「ラクシェイム、戦の用意だ! 一刻も早く整えろ!」

「御意に」

 レイウドアは気づかなかった。ラクシェイムが掲げた剣の影で彼を嘲笑っていたことを。この戦いの行く末をラクシェイムは二月ほど前から知っていた。シャルル=ディバイトが処刑された瞬間から、ラクシェイムは敗北を確信している。


 不意に、空気を引き裂く轟音が彼らの耳をつんざいた。


 驚いて足をもつれさせたレイウドアが床に倒れる。

「な……、な……」

 ラクシェイムがレイウドアとのあいだに壁になるように立ち、剣を構える。騎士たちも同様に動く。音はテラスのほうからだった。ラクシェイムがゆっくりと前進する。ここで戦ってはレイウドアを巻き込んでしまう。どさくさに紛れて無能なレイウドアを殺す口実になるとも思ったが、それは別にどうでもよかった。

(帝国の砲撃か……?)

 彼は咄嗟に思考をめぐらせたが、どう考えてもまだガンドラ平原を越えてすらいない帝国兵がここまで砲弾を届かせることができたとは思えない。だったらなんだ? ラクシェイムは火薬や炸薬が破裂した音だと思っていた。しかしもう一つの可能性に気づいた。

「かみなり……?」

 体を引き摺るようにしてテラスからそれが現れる。無駄のない肉付きをしたキャルト族の女だった。

「く、ぅ……。やはりいまの私に仕える魔術ではにゃかったか」

 それは『光叢移衝天骸速』の衝撃音だった。

 肉体を電子と陽子と中性子にまで分解し、光と同じ速さで射出し再構成することで光速の飛翔を可能とする雷属性でも最上に近い魔術だ。

「シャルル=ディバイト=ライトニングデス……?!」

 名を呼ばれたキャルト族の女が顔をあげようとして、苦痛に眉を寄せてもう少し俯く。

 少し無理をして首をあげる。

「お久しぶりです、レイウドア様、それにキルトレイン=ラクシェイム。ですがゆるりと挨拶を交わしている暇はにゃいようですね」

「なにをやっているラクシェイム! この裏切り者も殺すのだ!」

「レイウドア様、それは無理でございます。私にはシャルル様を殺害する戦力はございません」

「この、役立たずめ!」

 このとき不幸なことに、


 ラクシェイムは敗戦を確信していたが戦いを止める術を知らなかった。

 レイウドアは自らが築き上げた栄光に執着することしかしなかった。

 シャルルは自分によくしてくれた国を守ることしか考えていなかった。


 誰も戦いを避けようとは思っていなかったのだ。

 軍靴の音が迫っていた。

一つの国の終わりが始まった。




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