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空の玉座と召喚士の悲鳴 3

 夜襲の気配に気づいたのは別にテントに張り巡らせた『聴爾覚キルルク』の音波探知術式が発動したからではない。

 なんとなく起き上がって、そんな気がしたのだ。数瞬遅れて剣と牙がぶつかり高い金属音を上げた。燃焼系術式が発動し、夜を漂白するのがテントの布越しにわかった。ギャン、一声鳴いて魔物が絶命する。今回の作戦に狩り出されてるのは精鋭揃いだ。普通の魔物程度に遅れは取らない。俺は、別に問題なさそうだったので、もう一度横になった。


 朝になってリグムが起こしに来る前に、ロットウェルが半裸でやってきたのを叩きだそうか迷った末に、叩き出した。

 テントから外に出ると、やはりというべきか十数体の魔物の死骸があった。

「昨夜起きてこなかったのは君とロットウェルだけだったよ」

 と、リグムが俺を睨みつける。

「どーせお前らでやるんだろうが。勇者様に無用な手を煩わせるなよ」

 ほざいてみたらリグムは心底軽蔑し切った表情で出発の準備に戻った。

「お前はなんで起きなかったんだ?」

 服を着て出てきたロットウェルに訊ねると「え、爆睡ぶっこいてました。カルーが起こしてくれたそうですけど、揺すってもつねっても起きなかったんだとか」と朗らかに笑いながら言う。

「お前よくこの部隊に選ばれたな」

「あっはっは。まあ実戦ではそれなりに活躍するので」

 相応の自信があるらしい顔つきだった。

 まあ実際数人もいれば仕留めきれる数の魔物だったので別にロットウェルが一人いなかった程度、問題ないようだが。

「あ、あそこで魔物の死体いじくってるやつがカルーです。軍には勿体ない美人っしょ? 紹介しましょうか?」

 ロットウェルが指差した方向には、褐色の肌をした美人だが、うっとりした表情で魔物の腹には手を突っ込んではらわたを引きずり出してる。

「いいよ。俺は人見知りなんだ」

「遠慮しなくていいのに。軍の嫁にしたい女性候補ナンバーワンですよ」

「まじか」

 軍の男って外見がよければなんでもいいんだなと呆れかえる。

「まあ嘘ですけど」

「……だろうな」

「はい」

 小腸辺りをずるずると引っ張って内容物を引きずり出しているカルーという女を、二人してしばらく眺めていて、「働け!」とリグムに叱られた。


 ガンドラ平原に入り、大炎壁が地平の向こうで薄っすらと空を明るくしていた。普通には気づきにくいが、逆の地平線と比べれば直ぐにわかる。

 「勿体ねーなぁ」と俺は呟いた。

 あそこで燃えている可燃性のガスとは、つまり天然ガスだ。しかもあれだけ派手に燃え続けているということは相当量が噴出し続けているのだろう。

「何がだ?」

 と、リグム。

 この世界の人間にはガスの利用価値がいまいち理解できないらしい。というか俺の元いた世界で使われていたガス技術はほとんど魔法技術にとって代わられている。だから必要ないといえば必要ないのだが。

「なんでもない」

 と、俺は答えた。

 あの壁が戦争を終わらせたのなら、それは俺のいた世界でもできなかったガスの最も有効な利用法だったのかもしれない。そう思い直した。



「アイバ」

「ああ」

 ここはまだ王都から百数十キロくらいのはずだ。報告にあった地点は二百五十キロ。なのに地平線が黒く盛り上がってるあれは……。

「喜べリグム。どうやら俺一人がどんなに急いでも無駄だったらしい」

「君はその無用な軽口をやめればもう少し長生きできると思うよ」

 あちらから王都に向けて移動してきたのだ。百数十キロを自前の足で、ゆっくりと。恐らくはもう周辺に「餌」が無くなったから――。

 リグムが片手を上げ、一団を制する。ほどほどに気を抜いていた兵共に緊張に似たものが走る。

「総員、第一種戦闘配備」

 この部隊は精鋭五十名をただ掻き集めただけだ。だから普段の所属も何もかも違う。それでも全員が最初に取った行動は同じだった。

 それは馬を乗り捨てること。現代魔法戦においては馬程度の機動力は邪魔なのだ。高い魔法能力を持てば持つほどに。

「まったく頼もしいね」

 そして静かにそれが下されるのを待つ。

 リグムが小さく息を吸い込んだのが俺にはわかった。

「突撃!」

 号令と共に最初に駆け出したのは、赤毛の女だった。呼吸によって人間が取り込む酸素量は空気中の三%程度だ。鉄属性『血迩餌液 (ケゲルウキ)』によって血中のヘモグロビンを増大させ酸素供給量を通常の数倍にまで膨れ上がらせて、グルコースから筋肉のエネルギー源たるアデノシン三リン酸を生産する反応を促進させたロットウェルが、一陣の旋風となって魔物の群れに突っ込んでいく。

 それに一刹那だけ遅れて火属性『爆迦風裂 (バーグルツ)』によって背中側からブースターのように爆風を噴射して加速する体格のいい金髪の男が追う。最大速度や加速ではこちらのほうが上だが、発動の早さで『血迩餌液』が勝ったようだ。先陣を切ったのはロットウェルだった。

 鉄属性の鈍色の発動光がロットウェルの手から長大に伸びる。『巨乾坤人 (キゴジルト)』が発動。六メートル超の巨大な剣がロットウェルの両手にしっかりと握られて出現。『鐙轍済革 (アスゼルワ)』によって鋼の鎧で外骨格を形成し、地面に根を張り重量の一部を引き受けさせる。

「おおおあああああああああ」

 人間というよりは獣の吼え声に似た咆哮を上げて、六メートル超の大剣が魔物の群れをなぎ払う。

 ……あの女どんな筋力してんだ。

 補助術式は働いてるとはいえ、あの巨大さだ。おそらく重量は数トンあるはずだ。

 なぎ払われた範囲の外から魔物の群れが獲物であるロットウェルを目掛けて殺到する。無数の発動光が浮かび、炎、水、風、あらゆる魔術が降り注ぐ。が、ロットウェルに到達する前に別の物にぶち当たった。

 褐色の肌をした女――カルーと言ったか?――が桃色の肉の塊を地面の死体共から隆起させる。生物系『死罵餓肉 (シガガリク)』が死体の肉に過剰な量の水と脂肪を与えて膨張させたのだ。肉の壁は切り刻まれ燃やされて穿たれながらも膨張を続ける。生きた魔物の肉を取り込み、消化酵素で表面を溶かし、細胞同士を癒着させ身動きを取れなくする。そこへ死肉の壁を切り裂きながら更に大剣が閃く。

しかし操物士の技は見た目がぐろすぎるな……。

 『爆迦風裂』によって上空まで跳び、肉の壁の上に立った金髪の男が長大な術式を解凍する。油の入った二本の瓶が投げられ、それに火がつく。小さかった炎が地面にワンバウンドした瞬簡に圧倒的に燃え広がった。燃焼領域の酸素濃度を調節して爆発的に燃え広がる『火儘獄沁炎』の術式を二重展開。爆風が広範囲を砕いていく。

 宙空から襲い来る鳥類に似た魔物が炎撃士の下に滑空してくる。油の入った瓶をそちらに投げるが、急上昇しそれを回避。炎撃士のあとを追ってきた風向士が『旋捲風 (セルグウ)』によって追い風を吹かせ、風を切って揚力を生む翼の機能を失わせる。油が爆ぜ『熱於餌風 (ネルローゼ)』の熱風が皮膚を焼き、気道を焼き、肺を焼く。


「なんか俺の出る幕なさそうな感じかねぇ」

 ちょっと距離を取ってみていたが、数が多いだけで大して強いやつもいなさそうだ。この調子なら殲滅までそう時間は掛からないだろう。

「アイバ」

 リグムが働け、と目で命令してくる。

「……了解」

 手のひらを空に翳す。気流を集める。兵士共が頑張ってる間に練り続けていた『気訃璃嶺流 (キゼルフェセウ)』を準備段階まで起動。

「総員退避!」

 リグムの声は全員が戦闘に集中していたにも関わらず正確に鼓膜を揺らした。ロットウェルが大剣を放棄、代わりに『鉄姿剰壁 (テララぜキ)』の鉄の大壁を築いて魔物を食い止めながら後退。

 俺は『気訃璃嶺流』を発動。樹木や大型の建造物ですら吹き飛ばすマイクロダウンバースト――下降気流――が効果領域のすべてを押しつぶしていく。自然発生したものならば力の逃げる余地が存在するが俺のコントロールは完璧だ。

「……ふう」

 発動を終える。半径数キロくらいに体液を垂れ流しながら圧力によって地面と一体となった無数の屍だけが残った。

「わぁ」

 ロットウェルが静かに感嘆を漏らす。

 まあこんなもんだろ、と思いながら、俺は、新たに進撃してくる化け物共を見た。

「……一体何匹いるんだよ」




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