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外伝・傷痕を残して 5


それから四日が経った。ジギギギアを倒した勇者として俺は表彰されて、正式に軍に加わることをほとんど強制された。リグムが傷ついて床に伏していることがある程度漏れていて、悪化しかけた治安を守るのに駆り出されたことで、悪い事に俺の名前もそこそこ知られてしまった。“魔王を倒した”という雷鳴と同時に国軍のなかでは知らないやつがいないくらいになってしまい、なんだか居心地が悪い。特に様づけで呼ばれることが。

ともかくある日の任務から戻ったあと、俺はリグムの病室を訪ねた。

「……ああ、君か」

 生気のない目で俺を見る。

いいや、俺よりももっと後ろのどこかを見ているようだった。

「腕の具合はどうだ?」

 俺は吊っている右腕に視線をやる。

「動くようにはなるみたいだ。ただ治るまで、相当時間がかかるみたいだけどね」

表情がわずかに動く。元々は感情の機微のわかりつらい性質だが、精彩を欠いているせいかひどくわかりやすかった。なんか、顔全体でつらいと言っていた。

「あー、なんつーか……、おまえのせいじゃねーよ」

 リグムはなにも言わなかった。だから一方的に続けてやる。

「あいつらは自分の意思で戦いに参加したし、自分の意思でお前を守ったんだ。もちろん後悔してるかもしれないし、結果として死んだことを正しいとか言うつもりはないが、少なくともお前は選択肢を与えたんだ。お前のやりかたは、間違ってなかったと思うぜ」

「……アイバ。君はわかってないよ」

「ん?」

「あれはね、賭けだったんだ。彼らに戦うことを強制していれば、どうなっていたと思う? ジギギギアの圧倒的な戦力を前に、モチベーションの低い兵士に引き摺られて、戦闘中に離隊者がでる。一人でたら鼠算式だろうね。きっと部隊は散り散りになって壊滅していたよ。

だからモチベーションの高い兵士だけを残すために、わざとあんなパフォーマンスをやったんだ。『自分達は自分の意思でジギギギアに立ち向かうんだ』って思わせるためにね。まああれだけの兵が残るのは想定外だったけど、僕の頭の中ではナクグラとエルディス。それにレイアの三人は確実に残ると思っていた。それ以外の人間がどれだけ残ってもあまり勝率には関係ないだろうとも。結果としてはあの人数がいなかったらほぼ確実に負けてたんだけど。

 僕は君が思っているより、ずっとしたたかなんだ」

「お前、バカだろ?」

「……え?」

「それでもお前はあいつらに選択肢を与えたし、多くの人間が死んだことに罪悪感を感じてるんだよ。自分で思ってるほど、お前はずるくも狡くもない」

「……」

「そもそも王国軍人で部隊長のお前がジギギギアを倒すために策を立ててなにが悪いんだよ? 俺は特尉に、お前が中佐に昇進。結局のところこれが答えだろ」

「僕には、人の命をそんな風に割り切れない」 

「そうか。お前のそういうところを俺は嫌いじゃないよ。ただそうやって病室で腐ってろ。お前が戦わないあいだに、次の命が殺されてくんだ」

「ひどい言い方をするな。君は」

「嫌いなんだよ。そういうの。できることをやらないで腐ってくやつ。お前は王国最強の魔術師で、帝国やガルドメイスとの軍事的な外交の要なんだろ?」

「……すまない。しばらく一人にしてくれ」

「ああ、じゃあな。そのまま腐ってるなら、王国最強の魔術師の称号も貰ってくぜ」

 俺は病室を出た。すると向かいから一人の女が走ってくるのが見えた。

「アイバ様! いったいどこにいたんですか?! 盗賊団が城下町の外れで暴れてるんです。すぐにきてください」

「魔術師の数は?」

 ため息交じりに訊ねる。

「三十から四十ほどです。魔法学校崩れみたいですね」

「そんなのてめえらでできるだろうよ……」

「頭らしい人物に誰も歯が立たないのです」

「ナイトロールの末端か、帝国かアルバースあたりからの干渉かもな。あーめんどくせえ」

「あ、あの……」

「ん?」

「なにをしてらっしゃったんですか?」

「バカにつける薬を探してた。けどそんなものはなかった」

「リグム様……、ですか?」

「まああいつはそのうち立ち直るだろうけどな。それまでにあいつが倒さなきゃいけなかったやつは、代わりに俺が殺してやるさ。案内しろ。五分で片付けてやる」


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