表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/60

外伝・傷痕を残して 4




「来ます!」

 初撃はやはりというべきか爆炎だった。俺とナクグラの背後にいる魔術師達が風や水、鉄による防護を展開。爆炎と爆風を相殺する。追加された二撃目はナクグラが発動した『津裂竜流波 (ツイルイルバ)』による、時速七百キロに相当する水の大波が飲み込む。本来水属性というのは水場の近くでしか本領を発揮できないのだが、上空の雨になる前の分子からここまで操ることのできるナクグラの力量は異常だった。そして非常に頼もしい。水属性は炎と相性がいい。水の大波は炎を易々と砕いて、ジギギギアが回避のために跳躍。下では爆撃の余波と津波が鉄柱を崩壊させるが、鉄属性の魔術師達がすぐに修復させる。全員『光叢移衝天骸速』だけは使わせてはいけないことはわかっている。光速で移動する物体を捉えることなど人間には不可能だ。

 俺はジギギギアと同じ高さまで跳ぶ。空中で体を捩ったジギギギアは蹴りを繰り出す。俺は空中で圧縮空気を緩く噴射、失速し、長い足が通りすぎた直後に脳を狙って剣を突き出す。だが、ブースターによって急加速してかわされる。ちっ、『速離源力』と『爆迦風裂』ではいたちごっこか。かわした先に複数の魔術が殺到。いくつかをくらいながらジギギギアが着地。地面を蹴って逃れながら、俺より先に部隊のほうに狙いを定める。

「させるか!」

 『気訃璃嶺流』を足止めに使う。マイクロダウンバーストが降り注ぎ、地面に擂鉢状の穴が穿たれる。ビッククランチの術式構築に魔力を裂いているせいで範囲が小さい。爆風の噴射と同時に飛び退いてかわしたジギギギアが怒りだか喜びだかよくわからん目で俺を見上げる。相変わらず傾いた首と歪んだ口元がきもい。

 十数の『水削蓬断神』が走る。リグムとナクグラが高い切断力を有する魔法により、再生を誘発させて動きを止めるつまりなのだ。意図を察したのか他の魔術達が続く。

「ひひひひひいああああああああああああああああ」

 だが高圧の水の刃も他の魔術師達が放った魔法も、一つとしてジギギギアには届かなかった。ジギギギアの寸前で蒸発している。黄金色の発動光がジギギギアの前で正円形の渦を巻きながら収束していく。『雷撒繭擦走鳴』……、ではない! なんだ、あれは。規模が大きすぎる。俺のビッククランチ以上の魔力量が展開されている。だいたい単なる発動光が輻射熱を持つってどういうことだよ?!

 竜巻を構築しようと考えた俺をなにかが横殴りに吹き飛ばした。氷だった。

「ナクグラァッ?!」

 一瞬だった。わずかに笑みを浮かべ、なにかを呟いたように見えたが、直後のリグムの叫び声に掻き消されて何も聴こえなかった。

「かわせええええっ!」

 閃光。

 ジギギギアの放った魔術は、地表を掠めながら空気を消滅させながら減退し、後方の空のどこかで消えていった。複数人が展開していた防御系の魔術はまったくの意味をなさなかった。


 荷電粒子砲。


 まず二基の電位差によってイオン化した原子を加速させる装置を擬似構築し、超高電圧を掛ける。重さの違う原子核と電子を別々に加速し、同じ速度になり安定した段階でミックスして射出する。十ギガワット以上の電力を必要とする、おそらく雷撃系では最大最強の破壊力を持つ魔術だろう。

このレベルの攻撃魔術を防げる術など存在するはずもない。存在したとしても人間に扱えるはずがない。有無を言わせない圧倒的な破壊力だった。地表からはプラズマ化した珪酸塩やカルシウムの酸化物などが濃い霧を上げている。何人が死んだのだろうか。

 蛋白質の焦げる嫌な匂いが強烈に鼻を抜けていった。ナクグラはどうなったのか。

 嘔吐しかけるが、無理矢理飲み込んで目の前を見据えた。

「くひひ」

 邪魔者を排除したジギギギアは真っ直ぐ俺へと向かってくる。

 その足を、氷が捉えた。

「ふいぃ……?」

 ナクグラだった。氷体の半分以上を余波で焼かれて失いながらも、まだ死んではいない。氷はジギギギアが発した熱量によってすぐに融解。意識が混濁しているナクグラは、片手間のように放たれた熱風を回避することができずに蛋白質が変成し、熱湯に放り込んだ肉のように変色して死んだ。ぶちりとなにかの切れる音がした、

 口の中に血の味がする。俺は自分の唇を噛み切っていたことに気づいた。たぶんナクグラは独力なら逃げることができた。正体不明の魔術を防ぐことを考えた、俺を軌道上から叩きだすために死んだのだ。自分のまぬけさと不甲斐なさに呆れる。いや、それよりも目の前に、ほんの数メートル先にナクグラを殺したジギギギアがいる。意識が白濁する。湧き上がってきたのは、猛烈な殺意だった。

「しね……。しねっ。しねっ! 死ねぇっっ!」

 俺は『気訃璃嶺流』を三重発動。ビッククランチを発動するための術式が崩壊するが、知るか! 数キロに渡る広範囲に降り注ぐダウンバーストを、避けきれずにジギギギアが地面に平伏す。圧縮されて潰れかける体を分解と再構成を繰り返して維持する。

「掃射!」

 リグムの声だった。無事だったらしい。爆風の噴射で直撃をかわしながら、数人係で鋼と氷の壁を無数に組み合わせて衝撃波と熱量を無理矢理相殺したようだ。

 リグムのまわりにいた少数以外の直撃した大半は蒸発したらしい。生き残りは半分にも満たなかった。肉体を構成していた元素は珪酸塩の霧の中に混じっているはずだ。

 『王腐瑠覇水』、『火儘獄沁炎』、『津裂竜流波』、『炭刺鴻練餓素』。

 上級魔術が無数に降り注ぎジギギギアに殺到する。

「アイバ、なんとかしろっ」

 分解され再構成される体を引き摺りながらジギギギアが体を起こそうとするが、俺とは別の風向士が発動した『気訃璃嶺流』がジギギギアを地面に縫い付ける。

 沸騰しそうな殺意から我に返る。そうだ。これではジギギギアは殺せないのだ。魔術を打ち切った俺は一からビッグクランチを構成しなおす。速く早く迅く。焦る心が構築はうまくいかない。俺は目を閉じて目の前の光景を一度捨て去ろうとする。

「ひひ、うふふふ」

 それでも風でわかる。一つ、また一つと魔術が消えていく。上級魔術を長く維持し続けることなど、リグム級の使い手でなければ不可能なのだ。『王腐瑠覇水』を次々に構築しながら、さらに並列で『火儘獄沁炎』を発動し続けるリグムの制御力は尋常ではない。

「手を緩めるな。死ぬぞ!」

 リグムの声。落ち着かないままもう一度目を開くと再生するための黄金の光に混じって、紅蓮色の発動光がジギギギアから発せられていた。上級魔術のオンパレードを、どうやって突破する気なのか。回答は簡単だった。

 力で突き破る。

 三重発動された『火儘獄沁炎』がリグム達に襲い掛かる。爆炎と爆風は何もかもを塵へと変えて迫る。リグム達を飲み込む。弾幕が止んだことで、改めて俺を見上げる。

「くひひひ、ひひ、……ひ……?」

 ジギギギアが胸を押さえた。

 紫色の発動光が、いつのまにかジギギギアの周囲を埋め尽くしている。空気中の窒素と窒素、酸素と酸素の結合が切断。窒素と酸素が結合した一酸化窒素が大量に合成される。一酸化窒素はヘモグロビンを酸化し、酸素運搬能力のないメトヘモグロビンを生成する。毒属性下級『窒塞虞素 (チザグト)』だ。効果が出るのが遅い術式だからかなり前から発動していたはずだが、いつから使われていたのかまったくわからなかった。

 無論この程度では強靭な悪魔の細胞群を殺しきることはできない。人間なら容易に殺せる毒属性だが悪魔には効果が薄いのだ。しかし動きを緩めるくらいのことはできた。リグムが『火儘獄沁炎』を構築。爆炎と爆風がジギギギアを焼き、『水削蓬断神』が体をバラバラに切り裂く。生き残った数人から同じように『火儘獄沁炎』や『王腐瑠覇水』が飛ぶ。

「く、ひ」

 リグム達の前には屍が積まれていた。複数の人間が弾除けになって死んだのだ。怒りを叩きつけるようにリグムの放つ毒と炎はジギギギアの無限に再生する体を焼いていく。

 術式が完成し、俺はビッククランチを発動させた。

 それは傍から見てみればひどく呆気のない光景だっただろう。いままさに体を壊されているジギギギアにはかわせなかった。一秒とかからず、前方の空間が宇宙に存在し得る最小の点になるまで圧縮される。体中のあらゆる細胞が収束し尽くして視認できるサイズの何億倍も小さくなったジギギギアには、もう再生することができない。

 魔王ジギギギアが死んだ。

 俺はその場にへたれこんだ。

 堪えていた吐き気を存分に解放する。胃液しか出なかったが、それでもまだ吐いた。

「あ、……ああ……」

 糸の切れた操り人形のようにリグムも膝をつく。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 リグムの絶叫がその場にこだまし続ける。

 際限なく涙は流れ続け、喉が涸れるまでその声は止まなかった。

 その日、四八名の死者と十六名の重傷者を出して、俺達は魔王の討伐に成功した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ