外伝・傷痕を残して 3
ああ、俺達は負けたんだと思った。
ダメ元でビッククランチを発動させてやろうと思ったそのとき、声が聴こえてきた。
「ちくしょう。来ちまったじゃねーか……。一生恨んでやるからな。リグム=フェン=ナイトロール!」
恐怖で表情を歪めながら彼らはリグムを守るように立っていた。王国軍の軍服を着ている。兵士たちだった。ほとんど一部隊丸々の人数だった。
「どうして?!」
リグムの声は悲鳴に似ている。死ににきたのは自分たちで充分だ。とでも言いたげだった。先頭に立つ、『火儘獄沁炎』を防いだ水色の髪をした色男が穏やかな、だが強い口調で言う。外見がひどくリグムに似ている。こいつは……。
「第六小隊まで陣列を展開。前衛は防御に徹しろ。第七小隊は常に三人以上でアイバを死守。あとはリグム様を補助しろ」
返答の代わりに部隊が動く。
複数の前衛が展開し、鋼の外骨格や、加速術式が構築され、操物士の連れている犬が三つ首の魔犬へと変化する。さすがに対魔王のために結成された部隊だけあって、手練の魔術師を揃えているらしい。術式の構成は速く、精製された魔術も強靭で洗練されている。
「きひひひひ、はひっ」
「うわ、気持ち悪……」
誰かが言った。計らずもそれが合図になったように、ジギギギアが磁力によって多数の鉄柱を持ち上げる。斥力を発生させ、ぶん投げてきた。「下がって」水髪の男が言い、水色の発動光が右手の先に現れる。水属性上級『落砕刃浪雹 (ラウバーリウ)』が上空の降水粒子に干渉、雹の散弾を降らせる。重力加速度を経た氷は速く、マイナス七十度以下の氷は鋼よりも硬い。ぐぎんと嫌な音を立てて鉄柱が易々と捻じ曲がり、砕け散る。男はどうやら氷鋭士らしい。水属性の中でも氷による攻防を得意とするタイプの魔術師だ。
『落砕刃浪雹』はジギギギアに到達する前に溶けてなくなった。蜃気楼のようにジギギギアの周囲が歪んで見える。熱風を巻き起こす炎属性中級『熱於餌風』か。水色の髪の男も気づいたらしく、「近づくな。近づかせるな。下位、中位の攻撃魔術で弾幕を張れ!」と指示。
指示に従った魔術師達が一斉に攻撃魔術を発動。水の鞭や鋼の槍、魔犬が吐き散らす炎。八十人近い部隊の放つ魔術の壁がジギギギアを圧殺する。幾つかの魔術を喰らいながらそれらの多くが届かない位置まで後退していく。俺は側面からソロバリクによって剣を飛翔させ、ジギギギアを狙う。側頭部を貫きかけた剣はジギギギアが体を後ろに逸らしたことで、後方の地面に突き刺さる。
ぎろりと、傾いた首が俺のほうに向く。だからこえーんだよ、お前の顔! 俺は展開している部隊の近くまで後退する。
「よう、なんで戻ってきたんだ?」
「あなたたちだけにいい格好をさせたくなくて。……弾幕中止」
ジギギギアの上級魔術を見越した水髪の男が言う。爆撃が視界のうちのすべてを紅蓮色に変えながら疾走してくる。俺の『竜臥断鱗巻』と『吹礫鐘雪 (フリブルツ)』が、氷雪を巻き込んだ竜巻で相殺する。即座に『火儘獄沁炎』の二撃目が追加。轟音。二重の爆炎を支え切れずに竜巻が貫通される。複数人が発動した『水削蓬断神』や『気訃璃嶺流』が炎を割る。俺や氷鋭士の男は安全地帯をすぐに確保したが、防ぎきれずに何人かが焼かれたのが横目に見えた。「ひっ……」誰かの短い悲鳴が聞こえた。ジギギギアが迫っていた。前衛術士の一人が空中での回し蹴りをかわし切れずに、頭が吹き飛ばされる。「このっ!」仇を討とうと剣を振り上げた錬装士の顎に、ブースターによって加速された踵が跳ね上がった。「ふひひっ」鋼の外骨格を易々と粉砕し、錬装士の頭が首から千切れて鮮血の尾を引きながら空中を舞う。「撃てっ!」短い号令のあと、氷鋭士は伏せた。土属性上級『炭刺鴻練餓素 (ターゼガルト)』が、現存する物質の中で最大の硬度を持つダイヤモンドの散弾を弾丸として射出。ジギギギアが炎を展開し、燃やすことでそれを処理しようとするが、氷鋭士が空間の空気を冷却していたせいで、ダイヤモンドが燃焼する900度まで温度が上がらない。ジギギギアは体中を穴だらけにして吹き飛んでいく。
「よし、やった!」
石錬士の男が歓喜の声をあげる。部隊から前へ出て死体を確認しようとする。
「よせっ!」
一瞬、間に合わなかった。
「え……?」
炎を噴射して高速移動したジギギギアの右腕が、石錬士の心臓をぶち抜いた。「くひ」ジギギギアの体には傷がない。再び電子にまで身体を分解して再構成していた。致命傷が致命傷にならない。反則すぎる!
リグムの毒属性上級『王腐瑠覇水 (オルナバズイ)』が展開される。ジギギギアを下がらせる。王水の奔流が石錬士の死体を飲み込んでいく。ジギギギアが再生能力に任せて特攻しないのは、痛覚があるからだろうか? わからない。他に理由があるのかもしれない。
……ダメだ。これでは同じことの繰り返しで戦力を奪われていくだけだ。
「俺が前衛ででる」
「ダメだ。君を失ったら敗北が確定する」
「どっからどう見ても倒せる環境を整えれるようには見えないんだが」
「っ……」
「剣、よこせ」
「あ、……はい」
兵士の一人から剣を引ったくり、俺は前へ出た。氷鋭士が隣に立つ。
「なんだ?」
「ナクグラ=メナス=ナイトロールと申します」
「そういうことを訊いてんじゃねーよ」
「援護しますよ。自分にはそれだけの力量があると思います」
「……勝手にしろ。先にいっとくと助けねーぞ。そんな余裕ないからな」
「ええ、それでいい。これからなにが起きても……、あなたはジギギギアを倒すことに集中してください」
「は?」
「総員命令する。アイバと、リグム様の弾除けになって死ね」
「……任務、了解」
「……は?」




