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外伝・傷痕を残して 2



 リグムは鉄属性の魔術を幾つも発動させ、多数の避雷針を構築されていく鈍色の鋼の森が平らな地面に築かれていく。光速化しているジギギギアの身体は電荷を帯びているので、磁性を帯びた鉄柱を光速移動で突破することは不可能だ。

 ならばジギギギアの取る手段は一つ。蹴りを放った。『爆迦風裂バーグルツ』によってブースターのように火炎が後方に放射され、加速された踵が鉄柱を粉砕。更に火炎が展開。鋼を溶かしながら俺とリグムに向く。同時に間合いを詰めてくる。身体能力もかなりのものだ。俺は剣を構える。

「君は動かないでくれ。守り辛くなる」

「動くなって、お前……」

 リグムが両手をあわせると、水属性の青色の発動光がその手に集約する。水に三百メガパスカルの高圧をかけて噴射し、物体を切断する『水削蓬断神』が発射。視界を埋める炎を小規模ながら効果的に引き裂いて二人分の逃げ場を確保する。ウォーターカッターの軌道上にいたはずのジギギギアの姿はそこにない。

「上!」

「わかってる」

 黄金色の発動光が視界を塗り潰す。輻射熱で肌がチリチリと熱くなる。圧倒的な魔力量だった。こんな化物に挑もうとしていたのかと思うといまさら背筋ながら冷たくなる。雷属性上級『雷撒繭擦走鳴』が発動。二億ボルトの雷が垂直に、秒速三十万キロメートルで俺達を射抜く。

 空中に鉄属性の構造体が無数に見えた。雷がすべて拡散して、空に消える。

 金属片を浮かべて電気を空中に誘導。さらに絶縁体である空気を魔術で強力に操作して一度発動したら黒焦げになるしかないといわれている必殺の『雷撒繭擦走鳴』を防ぎ切った。

 それにしてもあの発動速度をよくもまあ捌き切るものだ。

 リグムの背後に影が落ちてきた。

「リ」俺が反応するよりも0、01秒だけ早くリグムが振り返る。体はすでに『鐙轍済革』の外骨格で覆われている。が、ジギギギアの繰り出した上段蹴りはそんなものを意に介さず、鋼を粉砕。腕がおかしな方向に捻じ曲がりながらリグムが吹っ飛ぶ。俺がほとんど反射で振るった剣が赤髪をわずかに切り裂く。目が見えた。ぎょろりとした赤い目だ。「っ……」俺は『速離源力』を発動。空気を吸引し、噴射して真後ろに跳んで逃げる。蜘蛛のように姿勢を低くして地面に張り付いたジギギギアが沈んだまま腕を振るい、爪が寸前まで俺がいた空間を滑っていく。ジギギギアはそのまま『爆迦風裂』を発動。足元で爆ぜた爆風がジギギギアを加速させる。空中を縦に半回転しながら、猛烈な速度の蹴りを繰り出す。俺は身体を斜めに倒しながら剣を振るった。ブチュリ。正しく刃筋の立たなかった剣が、そんな音を立てながらジギギギアの膝から下を切り落とした。ブースターが接続されていた脚部を失ってジギギギアが急激に失速する。俺はその間に逃げる。攻勢にでればよかったのかもしれないが、ほとんど展開しかけていた火炎属性中級『熱於餌風』がそれを阻んでいた。

「はふっ」

 ジギギギアは下を向いたまま息を吐いた。

「ひひ」

 落下してきた足を拾いあげ、傷口にあてる。黄金色の光が断面で輝く。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!」

 首を四十五度に傾けたまま片頬を歪めて突然笑い始めた。

 言葉もでなかった。足がひっついていた。おそらく『光叢移衝天骸速』の応用だ。切断された足を一度電子にまで分解して、再構築したのだ。本当に物理攻撃は一切無駄らしい。ジギギギアは魔王だ。目の前の生き物の存在が俺には信じられない。なんなんだ、こいつは。

 あまりの気もち悪さにパニックに陥りかけた俺の前に、複数の槍が突き立つ。ジギギギアが俺から離れ、爆炎を放つ。読んでいたリグムは再び高圧の水の刃で炎を叩き切る!

「アイバ、あれについて感想を一言」

 恐怖の言葉が、ついて出かけた。

 無理矢理飲み下して俺は言った。

「ぜってぇ嫁には貰いたくない生き物だな!」

「同感だね!」

 俺とリグムは薄く笑った。

 無理にでも笑わないと気が狂いそうだったからだ。

「返ったら奢れよ」

「食い物でも酒でも名誉でも地位でもなんでも持っていけよ!」

 強がりながらも、リグムの右腕は砕けている。

 ビッグ・クランチの構築は終わっているのだが、打ち込む隙がない。

「ふ、ふひひひひ」

 首を四十五度傾けたままで迫ってくる。リグムが左手を突き出して鋼の大壁を構築する。『鉄姿剰壁』でジギギギアの接近を阻む。いま接近戦はまずいのだろう。毒属性『鎮撒封痛シルレルミ』が、リグムの体内で発動。アセチルサリチル酸、ロキソプロフェンナトリウム等の各種鎮痛剤を合成。痛みの原因物質であるプロスタグランジンの生成を阻害。リグムの表情がわずかに和らぐ。ジギギギアはお構いなしに蹴りの一撃で鋼を粉砕。あいつの手足はいったいなにでできてるんだっ! 俺達は左右に別れて跳ぶ。

「アイバっ!」

 意地でも俺を無傷で維持したいリグムの抗議の声が飛ぶが、お互いにこのほうが圧倒的に戦いやすいはずだ。ジギギギアがわずかでも距離の近かった俺のほうに向く。手傷を負っているリグムから仕留めようと言う発想はないらしい。好都合だ。

 俺は『旋捲風』を多重発動する。重ねて束ねられた疾風が大きなうねりとなってジギギギアの足がわずかに緩む。ビッグ・クランチを叩き込もうとしたが、さすがに他の魔術を多重発動しながらでは発動しない。無理矢理使おうとしたせいで若干術式が破損する。即座に修復しようとするが、ジギギギアの炎が一瞬速い!

「ちぃっ」

 舌打ちしつつ、圧縮空気を噴射し、横転。鉄柱を掻い潜って距離を取るが、連続して発動された『火儘獄沁炎』の爆風と爆熱が俺をしつこく追ってくる。(逃げ切れん! なら……)俺は『気訃璃嶺流』を発動。マイクロダウンバーストを発生させ、気圧の威力で炎を粉砕する。一瞬だが視界が紅蓮色に染まり、俺は一刹那ジギギギアの姿を見失う。

 正面にいたはずのジギギギアがいなくなっていた。咄嗟に右を向き、左に『旋捲風』を放つがどちらにもあの首を四十五度に傾げたいかれた女の姿はない。

「ふ、ふーふふふふふ、ひゃひっ」

 声が聴こえたのは、上からだった。リグムが避雷針として構築した鉄柱の上にジギギギアが立っていた。

「あひゃひゃ、ひゃひゃ、ふふふふ」

 きい、と耳鳴りに似た感触がした。

 続けて地面全体が盛り上がったような感触。

「なんか、やばいか?!」

 竜巻を引き起す風属性の上級魔術『竜臥断鱗巻』をつかったのは勘だったが、正しかったらしい。黒い砂が地面からジギギギアの立っている鉄柱に集約していく。加えて他の鉄柱が猛烈な勢いで黒い砂の固まったそれに衝突。高い金属音を立てて鉄柱がすべて崩壊する。強力な風の渦が飛来する鉄柱から俺を守ってくれる。

 ジギギギアが用いた術は、『磁迂臥裏袈屡界ジルガウルグイ』だ。魔力をコイル状に巻きつけ、電流を通して鉄柱を超強力な電磁石に変えたのだ。過去にアホみたいな強力な刻鳴士が、人を殺さずに都市一つを壊滅されるために使った術式らしい。都市に使われている鉄のすべてが歪み、吸着され、一夜にしてその街は街としての機能を破壊されたそうだ。ってことは、地面から噴き出てきたのは砂鉄か。

 つーかまずい。あの避雷針がなくなってしまえば俺もリグムも『光叢移衝天骸速』による光速移動を防ぐ術を持たない。ジギギギアの体が光へと変化しかけた、そのとき、地面から再び鉄柱が隆起した。ほとんど一瞬で、再構築が完了する。

「鉄柱の破壊はいたちごっこだよ。諦めるんだね」

「ふひひひ、ふひひ」

 極大の黄金色の閃光が発光。『雷撒繭擦走鳴』がリグムに向く。当然読めるのだから、リグムは防御のための術式を構築。だが。

「『火儘獄沁炎』?!」

「っ……」

 爆炎が先に発動。二億ボルトの電流を防ぐために築いていた鋼を抉りとる。

「リグム!」

 極大の閃光がリグムに向けて飛来する。二億ボルトの電流が一瞬で空間を貫通する。俺は目を閉じて瞼の前に手を翳していた。直視したら光で目がやられるのがわかっていたからだ。空気が弾かれる独特の轟音が耳を切り裂いていく。




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