そして超越者達は魔剣を振るう 10
ぶっ倒れた。集中が切れたせいか、火傷まみれの皮膚がピリピリと痛みだした。「うおお……つぃ、……地味につれえっ」のたうちまわるが、のたうちまわったせいでまた皮膚が擦れて痛む。すげえアホみたいな悪循環に陥る。自分がここまでアホな生き物だとは思ってなかった。
「そうだ……。シャルル……」
無理矢理体を起こして戦いの最中に電撃が飛来した方角を見る。
「シャルル! 無事か?」
呼びかけると遠くで片手を振っていた。よかった。生きているようだ。キャルト族は抗体が人間より強いのかもしれない。安堵の息が漏れる。
「アイバスグル」
声のしたほうを向くと、俺よりはるかに死に体のククロレノが虹彩のない瞳で俺を見ていた。不気味な印象しかなかったそれも、なんだか弱弱しく感じる。
「えっと、大丈夫か?」
「……カサナカラが病毒をある程度取り除いてくれたからなんとかなってるなり。ああ、わらわを殺すならいまのうちなりよ」
思いっきり踏みつけているように見えたが、そういうわけではなかったらしい。
「とりあえず殺すつもりはねーよ」
「すまないなり」
俺は立ち上がりククロレノの隣に腰を降ろした。
「お前には? 治療とかなんとかできないか」
「できないなり。だからこうして死に掛けてるなり。カサナカラに和らげて貰ったわらわでさえこうなのだからヨゼフ=イトイートイットはきっと諦めたほうがいいなり」
「……そうか」
額をおさえる。できれば助けたかったのだが。所詮風向士の俺にはなにもできないようだ。目頭の奥からじわりと込み上げてくるものがあったが、死ぬ気で堪えた。
「あーあの、えっと、人間にもいろいろいる。マクルベスのカス野朗がスタンダートだと思わないでくれ。頼むよ」
ククロレノが微笑んで頷く。それから大きく咳き込み、血を吐く。
「おいおい……」
「大丈夫なり」
口内の血を吐き出しきったククロレノがゆっくり体を起こす。いまなら俺程度でもあっさり殺せそうだ。一級品の死体のように白い肌から完全に血の気が失せている。ほんとうに大丈夫なのやら。
「ロットウェル=ウィンザードを返すなり」
「……いまここでか?」
「うん。いまここでなり」
地面にぽっかりと黒い穴が出現する。
「ま、まて! ちょ、心の準備が……」
黒い穴が消え去る。同時に現れた女は下しか穿いていなかった。腕を広げて天を仰ぐような仕草で、体を伸ばしている。乳を全開にしていた。俺は処理落ちを起こしてフリーズする。この事態に対して笑うべきか、目を背けるべきか、火傷で張り付いた服を貸すべきか迷っていた。
ロットウェルが俺に気づく。それから自分の胸部に目を落とし……。
「きゃああああああああああああああああああああああ」
盛大すぎる悲鳴をあげた。
それから照れ隠しなのかわからないがとりあえず十六回ほど殴られた。乳全開なのも気にせずに、全力だった。隻腕とはいえ前衛の兵士であるロットウェルは女の細腕といえるような膂力をしていない。俺の顔面ぼっこぼこである。
「あの、ロットウェル。俺になんか言うことは?」
「このわたくしの美しい胸部を拝めたのですから、感謝しましょう」
投げやりに俺は「あーはいはいありがとうございました大変お美しかったですとくに先端のきれいなピンク色がー」とかほざいたら、また「うひゃあ」だの「うきゃあ」だの妙な叫び声をあげられて、殴られた。
初期の下ネタ全開のキャラクターはどこへやらである。意外と純情なのか? ……いや、ありえんな。
とりあえず自分の上着をひっぺがして被せてやる。炎やらなにやらでぐしゃぐしゃだが、まあないよりましだろう。
「へえ、思ったより紳士なのですね」
「おまえは俺のことをなんだと思ってるんだ」
「……けだもの?」
「もう好きにしてくれ」
呆れる俺の横でくすくすと笑う。
それから急に真顔になった。
「ほんとうにありがとうございます。惚れ直しましたよ、アイバ様」
「……おう。なんかもう疲れたよ。おい、ククロレノ。俺達をどっか近くの町に……」
送ってくれ。と頼もうとしたが、すでにククロレノはどっかに去ったあとだった。俺は火傷まみれの重たい体でシャルルとロットウェルを抱えて数十キロを飛ばなければいけないことに嫌気がさして、再び砂地の上に倒れた。
ヨゼフはぴくりともしない。
カサナカラを殺したし、マクルベスにはしてやられた。
ククロレノとは、決別してしまったのかもしれない。
だけど、もうどうでもよかった。
倒れこんだ俺に笑顔を向けてくれる、彼女一人を助けることができたのだから。
俺は彼女に微笑み返し、全身を伝う疲労感に身を任せて意識を落とした。