そして超越者達は魔剣を振るう 9
地面に膝をついたカサナカラの背後には、ククロレノがいた。
……わけがわからないよ。
「えーと、お前たちにはまずは謝っておくなり。騙すようなやりかたで申し訳なかったなり。それと、協力してくれてほんとうにありがとうなり」
「klrorw……? mihhiggygxtdrtcgvg (ククロレノ、貴様どういうことだ……?)」
「悪魔の多数派は人間との和解を望んでいるなり。すでに六百二十八の同胞を失い、わらわたちは血を流しすぎたなり。もう争うのは疲れたなり。だから主戦派のなかでも最も光線的なあなたは邪魔だったなり。すまないなり。カサナカラカラフ。死んで」
冷たい声で読み上げられる惨酷な宣告が、カサナカラの心を殺した。
急所を抉られたカサナカラが倒れる。それから目を逸らすようにしながら、ククロレノが俺達に歩み寄ってくる。どうするべきか少し迷って、俺は剣を納めることを選んだ。
「いま話した通りなり。悪魔の多数派は人間との和解を望んでいるなり。受け入れて、貰えるなり……?」
俺は頷こうとした。
戦わずに済むならそれが理想のはずだった。
だが俺の後ろで血を流している男は違った。
ククロレノの口元を抑えた。口端から血が垂れていた。同時に倒れたヨゼフが痙攣し始める。
「え……?」
おそらくなにかの病毒だった。たぶん、前にあの孤島に集められたときに仕込んでおいたのだろう。こんな真似ができるのはマクルベス=パラス=サルファーミストのほかにいなかった。
「なぜだ、マクルベスっ!」
俺は剣を抜いて反転する。剣が前髪を掠めるが、マクルベスが後ろに逃げるほうが速かった。
「答えは簡単だ。王国や帝国が悪魔共とこじれるほうが、アルバースが得をするだろう?」
ああ、わかった。こいつは最初からそれしか考えてなかったのだ。あわよくば俺達全員を殺して他国の戦力を削ぐつもりだったのだ。ただアルバース公国が得をするからという理由だけで。軍人にしてもいかれてやがる。抜け目のない、というか最悪の術者だった。
「というかおまえにも仕掛けていたのに、なぜ効かん?」
「ざけんなっ!」
鋼の大壁が築かれて俺を阻む。それから『爆迦風裂』の炸裂音が壁越しに伝わる。
「待てマクルベスっ!」
噴射音が遠く離れていく。あの野郎っ……。スピードなら俺のほうがあるはずなので、すぐに追いかけようとしたが背後の気配がそれを阻んだ。
「くははははっ……」
振り返るとククロレノを踏みつけたカサナカラが笑っていた。瞳からは赤い涙が。表情には憎悪が溶け出している。
「このざまはどうだ? 死んでいった同胞達と無き妻のために人間ともを皆殺しにしてやろうとしていたのに、いまさらになって和解のための邪魔だから私は死ねと? くはは……。ああ傑作だ。愚かだともいえる。なぁ教えてくれよ人間。私のこの不様な姿はなんなんだ?」
「知るかよ」
「そうかおまえも知らないか……」
俺は剣を構えた。マクルベスも殺してやりたいが、いまはこいつを倒さなければならない。この憎悪と復讐の亡霊を墓穴に送り返してやらなければいけなかった。
「いまさら戦おうというのか。たった一人で? 四人がかりでなお私を殺せなかったのにか? ああ、それもいい。さぁ、殺しあおうか。血と惨劇で塗り潰してしまうとしよう」
「ああもう……、そんなに死にたいならさっさと死ねっ!」
カサナカラが片手に剣を出現させる。よりも一刹那だけ早く、俺が短剣を投擲する。手首に突き刺さる。カサナカラが剣を取り落とす。俺は圧縮空気を噴射し間合いを詰める。落とした剣のほうに意識をやってわずかに反応の遅れたカサナカラに剣を突き出す。転がるようにしてかわしたカサナカラが爆炎を放つが、そのまま加速して離脱した俺はすでにそこにいない。連続して爆炎が放たれる。横殴りの旋風で逸らしながら圧縮空気を噴射し、回避し続ける。
「なぜだ……? なぜあたらん……?」
カサナカラが湿った声でいう。一際巨大な爆炎が発生する。バックドラフト現象により、多大な量の酸素を呑み込んで強化された炎が俺に向けられる。しかし術の巨大さは逆に好都合だった。俺は竜巻を発生させる。詠唱速度そのものは相手のほうが速かったが上級魔術を連続で扱っていた相手と違い、俺は下級と中級の魔術しかつかっていなかったから充分に反応できた。螺旋形の強風に爆炎が抉られ、砕ける。風属性は炎のような質量を持たないものに相性がいい。いかに魔力量に差があろうが、現象としてあらわれてしまえば炎は風に圧倒される。
俺は視界が炎に塞がれた一瞬で懐に飛び込む。
「っ……」
剣の一撃を読んで後退しようとしたカサナカラに、『速離源力』で加速した蹴りを叩き込む。「が、ふっ……」内蔵と骨が潰れる感触がした。続けて放った飛刀が、心臓を狙ったつもりだったのだが、左肩に突き刺さった。動きながらなのでさすがに狙いがそれたか。
「なぜ、勝てん……?」
カサナカラが血を吐く。
答えは簡単だった。あいつを支えてたのは復讐心だ。強い恨みと憎悪、負の感情が不屈の心を生み、圧倒的な魔力を使役していた。味方に裏切られてそれが折れたいま、あいつは強大すぎる魔力をコントロールし切れないのだ。
その他にも実際は大魔術を連発した魔力の減退と疲労。片腕を焼かれ、ヨゼフの砂を食らって、ククロレノに後ろから刺された出血なんかが悉くいまこの瞬間に集約されている。
……いいや、こいつはいままでそういった要素を精神力だけで押し込めてきたのだ。心が折れたせいで蓄積された痛みや疲労が一気に噴出している。
そして乱れた心は意識の混乱を生み、読みを遅らせる。認識が狭くなる。俺の超加速はそういう状況でフルに性能を発揮している。
このまま詰める! 残り少ない短剣と長剣を構え、さらに『速離源力』を発動しようとしたとき、カサナカラの周囲の空気が陽炎のように歪んだ。
一拍遅れて黒い炎が出現する。そう、俺はまだこれを凌がないと勝てない。周囲のすべてを蒸発させるだけの威力を持つこの超魔術をなんとかしないといけない。
「……けどな」
黒い炎になにもかもが塗り潰されていく。地面までもが蒸発、気体の限界すら超えてプラズマ化し何もかもが消滅していく。
その中心で、俺はふつうに立っていた。
「もうネタあがってるんだよ、それ」
『疾膜風』程度の術で多少の火傷で済んだのがヒントだった。
あの術の正体は少し考えれば理解できる。炎色反応というものがあるが、黒い光を生む物質というのは基本的に存在しない。黒に似た色としてルビジウムの赤紫などが該当するがあきらかに違う。つまりあれは炎そのものではなく、黒色のガスに似たものだということだ。だったら、熱による衝撃派を風で相殺し、『気散絶息圧』で真空に近い空間を作り出すことで完全に防ぐことができる。真空中には原子が存在しないため、光以外によってはどれほどの高熱だろうが熱を伝えることができないのだ。
『火儘獄沁炎』ほどの爆風の威力がないからこそできる小技だった。
「じゃあな」
俺は超魔術を放ち疲労し切ったカサナカラの胸に剣を突き立てた。
「ふ……、はは……は…、は……」
ぐしゃぐしゃの涙顔で、カサナカラが俺の剣を掴んだ。
そしてもがくように二、三度爪を立て、そのまま死んだ。