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そして超越者達は魔剣を振るう 8


 間合いが近い。こんなやつと接近戦をやるなんで馬鹿げているとは思うが、火力に優れていない風向士の俺が遠―中距離戦ができるとも思えなかった。

「ああ、もう……」

 まっすぐに剣を構える。ヨゼフが背後で砂をかき集めている気配がする。シャルルは遠いからサポートはしばらく期待できないだろう。マクルベスはそもそも生きているのかが不明だ。砂が二頭の巨大な竜となって、俺の両脇を迂回してカサナカラに食らいつく。カサナカラが正面に加速して竜をかわす。俺は突進してきたカサナカラを左に避けた。

 空気の斬れる感触が肌を伝う。剣の一振りで草原が縦に割れて茶色の断面を見せている。かわし損ねたら俺がああなるわけね……。俺は『旋捲風』を二重発動し、向かい風でカサナカラの動きを鈍らせようとする。片方は剣で裂かれたが、もう片方の砂竜の顎がカサナカラの右手を噛み砕く。電撃を受けて炭化していた右腕が砕けてなくなる。そのまま砂が殺到し、カサナカラを銜えたまま大きく顎を振って地面に叩きつけた。その上にさらに砂の塊が降り注ぎ続ける。紅蓮色の発動光が一瞬輝き、炎が発生。潰そうとしたが間に合わなかった。爆炎と爆風が膨れ上がる。砂が弾き飛ばされる。俺は圧縮空気を噴射して逃げる。ヨゼフが砂の壁を作ったのが遠目にわかった。あの大火力をなんとかしない限り、俺達に勝ちはなさそうだ。防御に手を裂かされてジリ貧に陥るだけだ。


 まず、一匹


 耳に音が少し戻ってきた。だが一番最初に聴こえたのは、できれば聞きたくなかった声だった。

「がああああああぁぁぁぁ……」

 突風に吹かれた木の葉のように、舞いあがった砂煙を突き抜けたヨゼフの体がどこか遠くに抜けていった。

 ……死んだ、かな。

 砂煙の中から二つの血走った赤い目が俺に向く。おそらくは砂をまともに受け止めたがために捻じ曲がった剣を持ったカサナカラがぎらついた目で俺を見ていた。そこに映る感情は勝利の愉悦とも、アドレナリンの齎す興奮ともほど遠い。ただ剥き出しの怒りだった。ダメだ。自分の体が震えるのを感じる。俺はこいつが恐い。力量差からくるものもあるのだろう。だがそれとは無関係な場所でも、俺はこいつに恐怖を感じている。

こわいけど、戦わないと死ぬんだよなぁ。

 俺も、ロットウェルも。

 常にカサナカラに向けてセルグウを放射し、向かい風で相手の突進の速度を緩める。攻撃力の足りない風属性ではこれくらいしかできない。同時に砂を蹴り上げて目を狙う。風に乗った砂の礫は加速し、突き刺さるが、瞳の前で掲げられた腕で防がれる。俺は視界が塞がれた一瞬に左に加速する。視界の効かないまま前進してきたカサナカラの側面を取る。カサナカラから赤い発動光が漂う。俺を見ないまま撒き散らすように爆炎が発生する。くそっ、この超火力と超速発動をなんとかしない限りほんっとになにもできないっ! 炎を風の膜と疾風で防ぐ。風の残滓から俺を見つけたカサナカラがこちらを向く。

 半歩、カサナカラが踏み出そうとして留まった。

 轟音が響く。地面が揺れる。銀色の巨大な塊が俺とカサナカラを隔てるように垂直に降り注いでいた。

「せっかくの舞踏会なのに二人で踊ろうとするなよ。つれないではないか」

 マクルベスの『巨乾坤人』だった。

「……消えろ」

火炎を起こそうとしたカサナカラの手元で、紫色の光が発生する。放とうとした炎が爆散した。メタンやプロパンなどの可燃性のガスを発生させ、火種の段階でコントロールを乱したのだ。おそろしく器用な魔術師だな。

ともかく火炎の発動が阻害されたことで、俺は間合いを詰める。

カサナカラが剣を構える。距離が詰まりきる前に、俺は竜巻を構築する。ソードフィールドで一気にけりをつける! 周辺の気圧を調整し、上昇気流を伴う風の渦を作り出す。可視化するほどの強力な竜巻が砂を巻き上げてカサナカラに迫る。

「……痴れ者め」

 緑色の発動光が一瞬光ったあとカサナカラの手元で収縮する。

「この程度の小細工で私を殺せるとでも思っているのか?」

同質で逆回転の竜巻が発生する。俺の竜巻と衝突。ごうごうと耳障りの悪い音を上げて数秒後には双方の竜巻が消え去った。カサナカラは衝突の後に残った気圧の塊を掌握。掴んで振り上げる。「やっべ……」空気を噴射して逃げたが、間に合わずに地面に叩きつけられて左腕の骨が折れたのを感じた。しかしヨゼフが草原のほとんどを砂地で塗り潰してくれたおかげか、それ以上の損傷はなかった。たまにはいいことするじゃねーか。

「ガーレ=アーク! 生きているか?」

「なんとか!」

「そうか、なら死なないように努力しろ」

 砂地につっこんだ顔をあげて、目に入ったのは、全方位から降り注ぐ膨大な量の毒の津波だった。『王腐瑠覇水』の三重発動くらいだろうか。これはたしかに死ねる。俺は『疾膜風』と『旋捲風』を多重発動し着弾に備える。王水の津波を風の膜で弾く!

 このあたり一帯にはもう草の一本も生えないだろう。かつて草原だったガンドラの大平原は、この辺りだけがぽっかりと砂まみれになり王水が染みこんで不毛の地と化している。

 しかしいまの攻撃は俺に防げたということは、同レベル以上の風属性の魔術を使えるカサナカラにも防げたはずだ。マクルベスも詰めが甘い……、と思った瞬間に鋼の巨剣がカサナカラのいた場所に向けて降ってきた。俺と同じ防御手段をとったとすれば自分はその場所から動けない。王水の津波を囮にすることで確実にトドメを刺しにいったのだ。悔しいがマクルベスの魔術師としての力量は、俺達四人のなかではどうやら頭一つ分ほど抜きん出ているらしかった。

 王水の濃い霧が晴れてくる。マクルベスが舌打ちする。両手を自分の頭の上で交差したカサナカラが、巨人の剣を受け止めていた。

「ば、化け物め……」

 思わず口をついてでる。

 両腕の筋肉繊維が千切れて血を流しているが、刃は骨で止まっている。濃硝酸での追撃が繰り出されるが、力任せに引き折られた巨剣を盾に凌がれる。

「……貴様等らしい狡い手だな」

「策を労し強者を嬲るという意味なら、これ以上の賞賛はないな」

「お前みたいなのを正面から相手してられるかよ」

 俺はソロバリクを発動し、剣を加速させる。跳躍してかわしたカサナカラが『速離源力』で真上に向けて加速する。「逃がすなガーレっ!」「わかってるが……」てめえのめちゃくちゃな魔術を防いだ直後だから詠唱が追いつかないんだよっ! マクルベスの放った爆炎も俺の飛刀も、上へと登っていくカサナカラの軌跡を追うだけだった。超まずい。攻撃の届かない空の上から、あの黒い炎が降り注いでくるところとか想像するだけで皮膚が粟立つ。

 と、空が黒い影に覆われた。カサナカラではなかった。巨大な一頭のドラゴンだ。よくみると黄土色をしているのがわかる。

「死いいいいっっっねええええええええええええええ!!!!!!!!!」

 術者の吼声と同時に、ドラゴンの口からほとんど垂直に近い角度で吐き出された砂の礫が地面を引き裂いていく。ヨゼフが生きてたらしい。鋼鉄の檻が形成されるのが遠めに見える。鋼の壁でブレスを防いでいるようだが、どんどん削り取られていく。自身の形成した壁を蹴って、黒い点がブレスのリーチから離れるのが見えた。そこへ、一筋の雷鳴が唸りをあげて薙ぎ払っていった。遠い空に消える。シャルルの電撃だ。音沙汰なかったから死んだのかと心配していたのだが、どうやら虎視眈々とチャンスを狙っていたらしい。

「まだだ。気を緩めるな」

「は? あのコンボ食らって死なないやつが……」

 隣でマクルベスが血を吹いた。金属の矢のようなものが胸に突き刺さっている。肺を突き抜けているように見えた。「っ……」脊椎が反射で、俺に対して打ち出された同様の矢を剣で打ち払う。すぐに動けないマクルベスの壁になるように立つ。

「どうやったら死ぬんだよ、あいつは!」

「私に聞くな阿呆」

「ちなみにいまの術式は?」

「ただの『射溢撃 (ジルギ)』だろう。私としたことが閃光に目を奪われて見逃した……。この手の小さい術の使い道を弁えている輩は厄介だな」

 そういえばジギギギアは大技が中心だったなといらないことを思い出す。

 両手足の焼かれたヨゼフが落ちてきた。間一髪で受け止める。

 数秒遅れてカサナカラが降りてくる。今度は腕を盾にするものもなくほとんど無傷で電撃をやりすごしていた。

 バカ騒ぎのあいだに俺の『気訃璃嶺流』の準備が整ったのを見越して上空にいるのは得策ではないと思ったのだろう。

「くそっ。お前もヨゼフもそんなに殺し合いが好きかよ」

「貴様等がそれをほざくか……?」

 血走った目がさらに見開かれる。なんか逆鱗に触れた?!

「私の妻と同胞達を強姦して嬲り殺しにした貴様等がそれをほざくか!!?」

 一回目とは比べ物にならないほど巨大な黒い炎が出現する。

 ああ、無理だ。俺だけなら生きれるが、マクルベスとヨゼフがこの距離だと確実に死ぬ。そうなればもう勝てない。あとはどれだけ速やかに逃げられるか。それだけだ。できればシャルルを回収して逃げようと思った。

 そのときだった。

「kawqun (あなたがそんなだから)……」

 女の声がした。

「kawquneagiutamjeowqiun (あなたがそんなだからわらわたちはこうするよりほかなかったのよ)」

 ぐちゅりと、背中から皮膚を突き破りカサナカラの胸に金属の刃が生えた。。


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