そして超越者達は魔剣を振るう 7
あまりにも高温の炎が空気を弾いた衝撃波で不様に吹き飛びながらも、どうやら俺は生きているらしかった。途中で空気の噴射ではなく、風の膜を張って下級の攻撃術を弾くことのできる『疾膜風 (シルレウ)』に術式を換えたのが功を奏したらしい。装備と皮膚が火傷で引っ付いている感触がある。背の低いヨゼフの小さい顔から、胸のあたりに荒い息をつく感覚がある。ヨゼフもどこかに火傷を負ったのだろう。まあ生きててよかったと思うべきだ。
しかし、なんだあれは。
火炎属性の上級魔術といえばカーゴグウンが最も有名で汎用性が高くあらゆる攻撃術の中でも最強に近いといわれている。爆風と爆熱の両方を防ぎきることのできる魔術は限られていて、メジャーなところでは風属性の『竜臥断鱗巻』か、水属性の『津裂竜流波』くらいだろう。
だがいまの攻撃は『火儘獄沁炎』を遥かに凌駕していた。黒い炎。ア○テラスじゃあるまいし。……マクルベスの砲弾を無傷でやりすごしたのは、どうやらあまりにも高温の炎にロケット砲の弾丸が蒸発したようだ。ということは低く見積もってあの炎は千五百度近い熱量を誇っていることになる。つーかもっと高いだろう。『疾膜風』で周りの空気を弾いて喉や眼球を焼かれないようにしているのは正解らしかった。地面から濃い煙があがっているのは、土そのものが蒸発しているかららしい。どんな攻撃魔術だよ。ジギギギアの荷電粒子砲を思い出す。あれクラスの攻撃術が魔王ではデフォルトなのか?
俺は距離を取るべく、風膜を崩さない程度に弱い風の噴射で煙のあがっている地面から離れた。いまがチャンスだ。ヨゼフを抱えて逃げたほうがいいだろう。無理だ。あんなのは、人間が勝てる相手じゃない。全身の火傷の痛みを堪えながら飛ぶ。
「どこへ行く気だアイバっ」
「あんなの見てまだやる気か? あれじゃあシャルルもマクルベスも生きてるか怪しいぜ。せめて引いて作戦を立て直すべき、とかいう脳みそはおまえにはないのか?」
「離せ。せっかく久々に歯ごたえのある獲物と出会えたんだ。僕は一人でも戦う」
おー。若いねぇ。俺はそんなに意気込めないわ。
「つーかいま降ろしたら地面の温度で足から蛋白質がぐちゃぐちゃに変成して死ぬからもうちょっと我慢しろ」
「……なぁ、アイバ」
「ん?」
「追っかけてきてるぞ?」
「……え?」
首だけで振り返ると猛烈な勢いで加速してくるカサナカラがいた。
「振り切れるのか?」
無理だ。風の防御膜を解除できる地点まであと500メートルほどある。そこまで全速はだせないし、そもそもだせたとしてもカサナカラのほうが速い。
「ヨゼフなんとかしろ!」
俺の声はほとんど悲鳴だった。「ああ、楽しいなぁ」ヨゼフが笑う。どいつもこいつも理解不能だ。シャルルのあれはほとんどメサイアコンプレックスだと思うが、こいつはアドレナリン中毒者だ! 殺しあってないといつでも退屈なのだ。死ねばいいのに!
砂が流動する。人間より二周りほど巨大な黄土色の虎が地面に四肢をつく。威嚇するように低く唸るが魔王たるカサナカラがその程度で怯むはずもない。横薙ぎに振るった剣の一振りだけで易々と虎が裂かれる。斬撃に風圧を乗せて攻撃範囲を拡大したのだ。専門の風向士である俺にもそんな真似はできないのだが?!
煙のあがっていない地面まであと二秒くらい。だがその二秒が絶望的に遠い。
俺はこの戦いのうちに何回死ぬと思ったのかわからない。
黄金色の閃光が見えた。俺は慌てて目を逸らし、ヨゼフを抱える腕に力を込めて衝撃に備えた。
カサナカラの遥か後方から撃ち出されたのは、シャルルの『雷撒繭擦走鳴』だった。秒速三十万キロメートルで稲妻が疾走する。空気を切り裂く独特の破砕音が耳元で爆ぜる。途中で手が離れて、ヨゼフが吹っ飛んでいくが砂をクッションにしてすぐに立ち上がる。俺はそんな器用な真似はできずに冷たい地面に転がり落ちた。軋む体を引き摺って立ち上がった。世界に音がなかった。あまりにも大きな音が近くで爆ぜたから、鼓膜が一時的にいかれているようだ。
「おいおい、冗談だろ?」
自分の声がどこか遠くで聴こえる。『雷撒繭擦走鳴』は貫通力こそ皆無に等しいが、対生物に於ける破壊力ではカーゴグウンを遥かに凌ぐ。大半の防具は意味を成さず、一度発動すれば人間程度では炭化するしかない。直撃すれば魔王であるアゼル=アグア=アアグオンすら即死させる威力を持っている。
右腕一本が黒い炭と化しているものの、カサナカラは生きていた。魔力で強引に電流を堰きとめたのだろうか? たぶん違う。というかわからない。あの電撃を受けて死なない方法を俺は思いつけなかった。