空の玉座と召喚士の悲鳴 2
町から外に出ると整備された街道が続いていた。あんまり同じ体勢で乗っているとケツを中心にいろいろしんどいので数分ごとに微妙に体勢を変える。
「落ち着かないのか、アイバ」
リグムが訊いて来るが別にそういう訳ではなかった。
「お前と一緒にするなよ。俺は戦闘で何万人死のうが全然気にしないんだ。環境さえ整えたら人間なんか勝手に増えるんだからな」
俺が言うとリグムはぷいと顔を背けた。リグムというのはいいやつなのだ。からかい甲斐があるとも言う。
「リグム様―」
兵士の一人が俺達のほうに馬を寄せてきた。赤毛を三つ編みにしている、あまり美人でない女だ。
「ロットウェルか。どうした?」
「もうすぐガンドラ平原ですよね。あたし、大炎壁みてみたいなぁ。なんて」
「却下」
「リグム様のドケチ!」
大声で言い放ち、馬の足を止めて後ろの兵士達のほうに下がっていく。
「ドケチって……、そういう問題じゃないだろうに」
「あっはっは」
ちなみに「大炎壁」というのはナイトロールの先代の長が、敵国の最強と言われる「風の騎士」ガーレ=アークとの戦いの跡だ。そのときアストナ=フェン=ナイトロールの放った炎の魔法が地面を深く抉り、地中に眠っていた可燃性のガスに火がついて文字通りの「大炎壁」となってガンドラ平原を両断しているそうだ。
「大炎壁なぁ。俺もちょっと興味あるな」
「アイバまで……」
リグムは呆れたように額をおさえる。
戦争中だった両国が突如生まれた大炎壁のせいで戦いを中断せざるを得なくなった、という経緯を聞けば、まあ誰だって興味くらい沸くだろう。
何気なく振り返るとロットウェルが手招きしていたので、俺は馬の足を緩めた。リグムが気にかけてか俺を見たが、体勢を崩しかけて直ぐに正面に向き直った。あいつは操馬術が得意ではない。
「アイバ様ってガンドラの戦役には参加されたんですか?」
「ええと、」
俺はそのときまだ召喚されてなかったんだよなぁ……、と思いつつそのへんの話はナイトロールの魔術師以外には喋ってはいけないことになっている。
「してないな。その頃俺は軍人じゃなかったし」
「そっかぁ、じゃあガーレ=アークを生で見た人はいないんですねぇ」
ロットウェルは肩を落とした。
「ん、リグムはどうなんだ?」
「何回か訊ねたんですけど、教えてくれないんですよ。なんか苦い顔して」
「へえ。しかしなんでまた敵国の騎士なんかに興味あるんだ?」
「アイバ様、正気ですか。ガーレ=アークですよ? ガンドラ戦役の二万人殺しの。もちろんそれだけじゃありません。ダリルレイフの義勇軍から彼の伝説は始まり、軍職についてから負け戦の殿を務めて被害を食い止めたこと数知れず。前線にでれば負けなし。クロフェイル奪還戦では奇襲部隊を率いて王国の主力部隊の側面を叩き半壊に追い込む。
彼一人のために王国軍は辛酸を舐めさせられて、ついに出撃したアストナ=フェン=ナイトロールを一騎打ちの末に討ち破る。『ガンドラに吹く殺戮する風』と呼ばれて王国の魔術師共を震え上がらせた帝国最強の騎士! 例え敵でも一人の戦闘者として憧れるのも無理はないじゃないですか」
ロットウェルはキラキラと顔を輝かせる。初対面の相手に馴れ馴れしいやつだなと思いながら俺は「そんなもんかねぇ」と相槌を打った。
「あ、もちろんアイバ様の魔王との戦いにも痺れましたよぉ。魔王の『火儘獄沁炎 (カーゴグウン)』に頭から突っ込んだときはどうなることかと思いましたが、接近戦に持ち込んでからの『気訃璃嶺流 (キゼルフェセウ)』の三重発動に『速離源力 (ソロバリク)』捌き、もう私、メロメロでしたよ」
「ああ、そう」
「抱かれたいくらいかっこよかったです」
「あっはっは。死ね」
「あっはっは。死にません」
大口を開いて笑って誤魔化しやがる。
「でもまああんまり恐い態度とっちゃダメですよ。アイバ様って、ただでさえ恐い顔をしてるし、魔王なんて誰も敵わなかったのを倒しちゃうくらい強いからみんなちょっとビビっちゃってます」
「……」
「笑わないと人生損しますよぉ」
「余計なお世話だ」
特に何事もなく俺達は順調に歩みを進めて、夜になった。俺達はキャンプを開き、テントを張った。
「で、なんでお前はここにいる」
俺のテントに手荷物だけ持って潜り込んできたロットウェルに言った。
「だって基本的にこの集団、男所帯じゃないですか。私、好きでもない男と寝るほど軽い女じゃありません!」
うん、言葉の使い方を致命的に間違ってる。というか女も十人ほどいて、専用のテントがちゃんと与えられているはずだ。個室を使ってるのは俺とリグムだけだが。
「帰れ」
「ええー。せっかくだからいろいろと語らいましょうよ。ベッドの中で」
「帰れ」
「冗談はここまでにして、と」
ロットウェルは荷物から魔道書を取り出した。
「ちょっと教えて欲しいことがあるんです」
「お前って風向士なのか」
「いや、違うんですけどね」
苦笑しながらロットウェルは言う。
「風属性の魔法使いを殺す方法を、ちょっと」
……ああ、一応、精鋭部隊に選ばれるほどの技量なんだよな、こいつも。
対ガーレ=アークを想定しているのかはわからないが、まあ一般的にそれを倒せたら英雄と呼ばれることは間違いないだろう。
「つっても風向士の俺に風向士の殺し方を訊かれてもなぁ……」
「ダメですか」
「うん、俺、お前らのこと信用してないから」
「へえ。敵対する可能性があるってことです?」
「もちろんこっちから表立って国家なんて面倒なものと戦おうとは思わないけどな」
「それは、仕方ないですね。じゃあ、お邪魔しました。おやすみなさい」
ロットウェルが出て行く。
……俺は召喚されてからずっと王国に身を寄せている。理由は生活が保障されているからだ。リグムがカイセルがいて、嫁も宛がわれて性欲処理にも困ることがない。
軍属で無くなれば、別に勝手に助けにいってもまったく問題ない訳だ。
「実際には軍属でなくなった瞬間に情報が入ってこなくなるから、なんにもできないんだろうがな。金もなくなるからどうせ傭兵紛いのことをやるんだろうし」
勝手な結論を出して問題を片付けた。
寝るか。