そして超越者達は魔剣を振るう 6
ククロレノがつくりだした黒い穴の中から、その巨大さに反比例して人間とほぼ同じサイズの悪魔が現れる。亜麻色の布で全身を覆っている。おそらくは魔力で編まれた防具の類で伝説のアイテム系のあれだろう。
「人が、三匹に獣が、一つか」
それは俺達を見て片頬を歪にあげた。
笑っているようにも泣いているようにも見えた。
いや、それよりもまず突き刺さるように感じたのは圧倒的な量の魔力だった。
なんだこいつは……。
「肉片の一つとして遺さずに死ね」
『火儘獄沁炎』が超速展開する。リグムより展開速度が速い。『竜臥断鱗巻』の構築など間に合うはずがなかった。赤い閃光が爆縮した直後、爆風と爆熱が俺達を目掛けて疾走してくる。一面の草原が紅蓮色に照らされる。速すぎる。死ぬ。一瞬そう覚悟したが、視界が暗転した直後に爆風も爆熱もなにかに遮られて俺達を避けて左右に抜けていった。
「なんでみんな棒立ちなのさ? 死ぬよ?」
ヨゼフの砂だった。術名は『操偲聯鴻宇拘作 (ソルエルレウ)』といっただろうか? ただ砂を操るだけの術だが、実は使い手はヨゼフしか存在しない幻の魔術である。逆向きの瀑布が俺達の前面を完全に覆い尽くしていた。爆風も爆熱もたかが砂の壁を貫通できない。
地面を「コナゴナ」にして砂に変え、前方に広く壁のように展開しただけだが、爆風を完全に遮るだけの密度を持たせる操作術は、意味不明なくらい超高等技術だ。
ヨゼフの神業に見とれる間もなく次の悪寒が俺達を襲った。カサナカラの亜麻色の闘衣が目の前にあった。右手に鈍色の発動光が発生する。壁をどこからかいつのまにかすり抜けて、カサナカラが俺達の懐にいた。大陸最強クラスの魔術師が四人いて、全員が反応できなかった。カサナカラの手に刃が握られる。
「っ……!」
近くにいたヨゼフを突き飛ばして、剣を振るう。マクルベスの襟を引っつかんで後ろに跳んだシャルルが銃を向ける。カサナカラの剣が俺の剣とかち合って、高い金属音を上げる。手元に衝撃。岩に拳を叩きつけたみたいな感触が走る。筋力差がありすぎるのだ。いや、それよりも俺を戦慄させたのは、血走った目と怒りに歪んだ口元が1メートル奥にある。ジギギギアを思い起こすが、あれよりもずっと恐ろしい。左手の側にも刃が精製。逆側でシャルルの放った圧縮魔力弾を一撃で切り裂いたあと、俺に迫る。
俺は『速離源力』を発動。前方に圧縮空気を噴射し、後方に逃れると同時にカサナカラを吹き飛ばす。
カサナカラは一瞬怯んだが、すぐに態勢を立て直し、ヨゼフが放った流砂に対して緑色の発動光を展開。俺の物とは比べ物にならないほど強靭なセルグウが砂を弾く。
ちょっと待て、なんだこの化物は。炎と鉄と風の魔術をすべて高次元で使えるだと? ナイトロールじゃあるまいし。俺は短剣を数本指に挟み、『速離源力』に乗せて投擲しようとした。急加速してきたカサナカラが目の前に現れて失敗に終わった。
やばい。死ぬ。カサナカラが現れた原理は簡単だ。『速離源力』を使ったのだ。俺よりもさらに多くの圧縮空気を噴射して超加速した。人間が行えば体中がバラバラになる最大加速も、悪魔の肉体なら耐えられる。突き出された剣がスローモーションで見えた。投擲の動作に入りかけていただけに、かわせない。そして俺は聴こえるはずのない声を聞いた。
「許せ、アイバ」
シャルルだった。圧縮魔力弾が剣の一刹那前に俺に的中して、俺は弾の推進方向に吹き飛ぶ。カサナカラの剣が空を切り、勢いを止められずにそのまま前方に突っ込む。空中で空気を噴射しながらなんとか姿勢を保ち間合いをとるべくとりあえずそのまま後方へ加速する。目だけでカサナカラを追うと、無数の鴉が見えた。百羽はいるだろうか? 生物系の魔術かと思ったが、よく見るとそれは本物ではなかった。鳥の形を取った砂が羽ばたいて宙を飛んでいるのだ。自在に滑空し、カサナカラを取り囲むように動く。ヨゼフの魔術だった。
ヨゼフは砂から擬似生命を生み出せる唯一の魔術師だ。原理もなにもあったもんじゃないわけのわからん術を使うから、こいつは「神の子」だの「魔物使い」だのと呼ばれている。だいたい「砂を操る」なんて曖昧な魔術は本来存在していなくて、こいつために便宜上作られただけのものなのだ。
「いけっ!」
術者の吼声と同時に、鴉がカサナカラに殺到。黄土色の乱舞が嘴を突き立てようと、あらゆる角度からカサナカラを目指す。ソロバリクを解除したばかりのカサナカラは慣性に支配されたままで、回避行動を取れない。
幾つかの嘴を受けながら、赤い発動光が展開される。爆炎で砂を吹き飛ばす気らしい。
「させるかっ!」
俺は『気訃璃嶺流』を発動。降水粒子に干渉し、気圧を調整。マイクロダウンバーストを引き起こし、垂直の気流をカサナカラに叩きつける!
「邪魔するなよ、アイバ!」
一緒に砂の鴉を潰されたヨゼフの抗議の声が飛ぶが無視する。より有効な攻撃を仕掛けるのは当然のことだ。風属性は炎属性のような質量を持たない、あるいは質量の少ない攻撃に対して相性がいい。
気流を乱されて酸素濃度の調整に失敗した赤い発動光が砕けているはずだ。
「おい、マクルベス。ちょっとはお前も仕事……」
さっきから一向に魔術を放つ気配のないマクルベスに文句を言おうとしたまさにその時に、直径で1メートル近いサイズのロケット砲の弾が亜音速で俺の真横を薙いでいった。それも複数。現在確認されている鉄属性の魔術の中では最上に位置する『狙窪除穿都撃』だった。俺の引き起したマイクロダウンバーストを物ともせずに貫通してヨゼフの砂も蹂躙。カサナカラに的中し、衝撃で破れた砲弾から火薬が爆発して大炎上を起こす。黒煙が舞い上がる。あたらなかった砲弾の群れが地面をかき回していた。巨人が暴れまわったあとのようだ。
「なにかいったか。ガーレ=アーク」
マクルベスは小ばかにしたような薄ら笑いを浮かべる。
……むかつくおっさんだな。
しかしまあ、いくらなんでもあれを受けて生きてはいないだろう。
つーかあれを人間が使える魔術だとは思っていなかった。
あのおっさん、何者だよ。そもそもあいつ、毒属性の魔術師だよな……?
「……ちぇっ。案外呆気なかったなぁ。まあこの面子に絡まれたら、どんな悪魔でも一溜まりもないか」
つまらなさそうな笑みを作ってヨゼフが髪をかきあげた。その背後の黒煙の中に、誰かが立っているのが見えた。違う。黒いのは煙ではない。あれは……、炎……? 気体のようには見えるが。
「全員、散れ」
マクルベスが言う。俺は砂で防ごうとしたヨゼフ抱える。シャルルが神経系を電撃で刺激して、人体の限界速度で予測されるそれの軌道上から逃れる。マクルベスは『爆迦風裂』でブースターのように爆風を噴射して飛ぶ。
空気が歪むのがはっきりとわかった。カサナカラの手を離れた黒い炎が前面を覆いつくす。ガンドラの大平原が、草が灰に変わり、さらに焼かれて塵となっていく。攻撃範囲の限界がわからない。俺はただできる限りの速さでその場を離れるしかなかった。
そして黒炎がすべてを呑みこんで行った。




