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そして超越者達は魔剣を振るう 2

 逆噴射して落下を止めたときには、穴は塞がってしまっていた。閉じ込められたようだ。しかしなんだこの穴は? 土系で底なしの奈落を作ったのだろうか? だがそのうち落下している感覚がなくなってきてそれが否定される。腹に大穴を開けた少年がプワプワ浮かんでいる。血が空中を漂う。俺も速度が死んだあたりで噴射をやめる。『気訃璃嶺流』でトドメを刺そうかと思ったが、発動しなかった。どうやら『風』がないらしい。呼吸ができているということは、空気はあるのだろうか? 重力も仕事していないような場所だ。心底、意味がわからない。

 と、突然光が飛び込んできた。

 白い部屋の、椅子の上に飛び出す。大きな円卓。窓からは太陽の強い光と、空。正面に銀色の毛並みをしたドグル族の子供が座っていた。無表情なガキだった。なんだか突然、痛烈な頭痛に襲われる。幾つかの記憶が断片的に再生されてむちゃくちゃ気分が悪くなる。椅子に深く体を預けて倒れるのを阻止する。フラッシュバックしたのは目の前のガキが無表情で人間を切り刻んでる光景だった。

「ルピス大海の、首落としの鎌……?!」

 異大陸からの侵攻してきた四千隻の船をたった一人で沈めた、ガルドメイス獣共和国の天才児。

「またこれ級の魔術師か」

 右手から声。

 中年ほどのおっさんが机に肘をついて掌で顎を支えている。

「ああ、私はお前のことを知っているが、お前は私のことを知らんか。マクルベス=パラス=サルファーミストと言う。あるいは『アルバースの平和主義な破滅』と言えば理解できるか?」

「……おいおい」

 このおっさんが、王国からアルバース領を任された公爵が勝手に国を名乗りだし分離したアルバース公国の戦線をたった一人で支える病毒士。数百キロ先の軍隊に伝染病を正確に宛がう恐るべきリーチを誇るマクルベス=パラス?

 そのもう一つ奥にいる魔術師にも見覚えがある。褐色の肌をした、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている青年。間違いなくヨゼフ=イトイートイット=ヨンムンガルドだ。周囲を王国領の国に囲まれて通行上重要な地点であるがために何度となく軍を出されながら悉く退け、ついに単なる属領としてでなく自治区であることを認められながら王国に属することになったパピュスの魔術師だ。その立役者である『パピュスの砂の魔物』の異名を、王国軍に身を置くもので知らない者はいない。

 『首落としの鎌 (ネックフォールサイス)』に、『平和主義な破滅 (アンブレイカー)』、それに『砂の魔物 (サンドウォーム)』だと?

 大陸中の最強の魔術師共が勢ぞろいじゃねぇか。

「空席は三つ。この馬鹿げた面子を揃えた主と、水を使う悪魔の子供を勘定にいれると連れてこられるのはあと一人かな」

 ヨゼフが乾いた唇を舌先で湿らせる。キレてるときの癖だった。相変わらず沸点が低い。愉快そうに語ってそれを誤魔化すのも変わっていない。

「ここにいないのであと可能性がありそうなのは、ナイトロールかシャルトルーゼのキャルトかな。アイバ、君はどう思うよ?」

「アイバ? それはガーレ=アーク=ソードフィールドではないのか?」

 マクルベスが口を挟む。

「え、君がそうなの? あの殺戮する風 (キリングフィールド)? うそん。ちょっと憧れてたのに、イメージ崩れた……」

 なんだかひどい言われようだった。

「あんたらも、黒い穴に吸い込まれてここへ来たのか?」

 ヨゼフもマクルベスも、疲れたような息を吐いた。その話は散々したあとなのだろう。

「ああ、その通りだ。いつのまにかこの訳のわからない空間に追いやられた」

「よく喧嘩しなかったな」

「外を見てみろ」

 促されて椅子から立つ。

 外は、どこまでも蒼が広がっていた。海と空が水平線で連なっている。雲だけが白い。

「知っての通り魔術師に越えられぬものが二つだけある。時間と、空間だ。私にはもちろん、首落としの鎌にも砂の魔物にも真似はできない。ならば我々で争っても無駄だろう」

 特におもしろくもなさそうに言う。

「オレが恐いんだろ」

 『首落としの鎌』が鼻を慣らす。

「そうとも言うな」

 言葉と裏腹にマクルベスのおっさんは余裕そうだった。

 と、ヨゼフと『首落としの鎌』の間の席が白く発光した。やはりというべきか、あの光は魔術の発動光らしい。

 一際強く光を放ったあと、真っ黒な大穴が開く。あれはその場の光を全部吸収しているせいで黒いのだろうか。

 そこに一人の人間が現れる。

 それはキャルト族の女だった。全身を薄い体毛に覆われていて耳が丸くてふさふさだ。橙色の髪で目つきはきつい。体つきは細いが、無駄のない筋肉のつき方をしていた。悪くいえば貧乳。俺は思わず両掌で机を叩いて、膝の裏で椅子を蹴った。

「シャルル?!」

 多分俺はそのときひどく間抜けな顔をしていただろう。当たり前だ。死んだと思っていた人間を目の前にしたら、誰だってそんなもんだ。

「へえ。キャルトのほうか」

 ヨゼフの温度のない声が俺の興奮を少しだけ冷やす。

 当のシャルルは「ここは……? お前らも黒い穴に呑まれたのか?」と俺とほぼ変わらないリアクションをしている。

 ヨゼフとマクルベスが同じようにうんざりしている。

「さて、そろそろ役者が揃ったんじゃないかと思うんだけど、何が起こるのかな」

 残った二つの椅子が、一際強烈に光る。そして次の瞬間には、二体の悪魔の姿が顕現していた。片方は俺を襲った、あの藍色の髪のガキで、腹にはまだ風穴が開いている。

 もう一人は何もかもが白い女。虹彩のない瞳が異常に不気味だった。視線が女に集う。

「いろいろと説明してもらわなければならないことがあるようだが」

 女が頷く。

「あなたたちがみんなこの大陸で指折りの魔術師だというのは、顔を付き合わせた時点でわかっているなり。あなたたちを集めた理由は、魔王を殺すためなり」

 ……この話に登場する女は全員空気をぶち壊すキャラクターをしているのだろうか。



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