猫と勇者は死神と奈落に共鳴するとかしないとか 7
シャルトルーゼに帰り、とりあえず報酬としてそれなりの額の金を受け取った。俺は宿屋に滞在して傷が癒えるのを待ち、シャルルは結局軍に戻ったようだ。一度も俺の元を訪ねてくることはなかった。シャルトルーゼは料理のうまいところだ。野菜類の味が濃い。そのためか味付け自体は全体的に薄味で品がいい。
だからと言って帝国といつ戦争始めるかわからないシャルトルーゼに定住する気はないが。
仮にも帝国の「風の騎士」だからな……。情が移ってシャルトルーゼの味方するのも、いろいろまずいだろうし。うん。
俺はまたどこかに流れることにする。
次は南東のライムラントのほうにでも行こうか。「本の国」と呼ばれる魔術研究の盛んな地だ。いろいろおもしろいものが見れるかもしれない。
宿で清算を済ませて、出て行く。
「んで、お前何しに来たわけ」
「貴様に会いにきたのだ」
とシャルルは言う。町を出て東に少し歩いて、人気がなくなったあたりで追いついてきたのだ。
うん、男だったら一生に一度に言われたいよね。「君に会いにきたの」って。貴様じゃなくて。
「えっと、その、言いたくはにゃいのだが、報酬はいいのか」
例の「抱かせろ」って言った件のことを言ってるのか?
「勝手に助けて払えってのは迫るのは、さすがにないだろ」
「そ、そうか」
なぜか俯いて少し頬を染める。
襲っていいなら襲うけどな。まあ感電させられて圧縮魔力弾で頭蓋骨をカチ割られるのがオチだろうが。
「どこへ行くんだ?」
「ライムラント。ここと同じように観光目的だ」
「ライムラントか。……シャルトルーゼに留まる気はないのか?」
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「ええと、あの、私、軍をやめようと思うんだ」
「へえ。なんでまた?」
「戦うことに疑問を覚えてしまった。だから、引退して花屋でもやろうと思ってるんだ。幸い金は唸るほどあるからにゃ」
「花屋か」
「ふんぎりがついたのはお前のお陰だ。ありがとう」
「どういたしまして」
それきり会話が途絶えた。
「じゃあ、行くわ」
シャルルに背を向ける。と、後ろで何かが動いた。横目に見ると銃だった。
「殺すのか?」
「目を閉じて四肢の力を抜け。そのほうが楽に死ねるぞ」
俺は言うとおりにした。接近戦ではどうせこいつには敵わないのだ。逆らうだけ無駄だ。
……頬に何か温かいものが触れた。目を開けると、真横にシャルルの顔があった。自分の頬に触れると、ほんのうっすらと唾液で濡れている。
「め、目を閉じていろと言っただろう?!」
わかりやすく動揺しながらシャルルは言う。
「えっと、……何?」
「た、助けてもらっておいて礼をもしにゃいのも、あれだし、その……、ああもう。お前にゃんてさっさとどこかへ行ってしまえ!」
プイッと背を向けて、二、三度こちらを伺ったあとシャルルはそのまま逃げていった。
「……ううむ、逃がした魚はでかいかもしれない」
次の場所を目指して俺は歩き出した。
シャルルが死んだという噂を聞いたのは、それから数日もしないうちだった。なんでも反逆罪で処刑されたらしい。花屋をやると言っていたあいつが反逆なんて起こすはずがないから、きっとあいつの力を恐れた領主が適当な罪状をでっち上げたのだろう。俺はあいつがそれに抵抗せずに応じた場面が、鮮明に浮かんだ。どこか諦めたような顔で人の罪を認めているあいつが。
「これが正義か」
ひどく悲しい声が耳元で聞こえた気がした。
それはそれとして「ふんぎりがついたのはお前のお陰だ」とあいつは言ったから、間接的にシャルルを殺したのは俺なのかなぁとか考えかけて、やめたくなったから思考をやめた。
「……処女だったのかな、あいつ」
なんとなく呟いて、俺は旅を続ける。