猫と勇者は死神と奈落に共鳴するとかしないとか 5
『巨乾坤人』が横薙ぎに振るわれる。命中の寸前で『気訃璃嶺流』が叩き落す。ガーレが疾風を纏って駆ける。シャルルが高位術式を紡ぎながら、銃を構える。『電凱波』の探知電波が辺り一帯を反響する。ガーレの風で電磁波を妨害していた金属片が吹き飛んだのだ。すべての位置情報を把握したシャルルがアゼルの側面に回り、圧縮魔力弾を一発放つ。ガーレの剣とかち合いかけていたアゼルの槍を弾く。シャルルから紫電が発生し絡み付こうとするが、『鉄脅槍』が阻害。首を狙ったガーレの剣は、アゼルがわずかに頭を下げたことで兜に当たり、互いに弾かれる。バキリと嫌な音がした。ガーレの手首が折れたのだ。アゼルは至近距離で『鉄脅槍』が鋼の槍を降らせ、『旋捲風』がそれを歪めるが、すべてを弾くことはできずに右肩と左大腿に突き立つ。
「ぐうっ……!」
それでもガーレは隙を見せず、左手に刃を持ち替えわずかに後退。鎧の関節部を狙って斬撃を放つが、逆に言えば関節部の僅かな隙間くらいしか狙う箇所が存在しないため易々と防御、回避される。
(解せんな……。残りの十四本は飾りか?)
アゼルが両手に剣を構築、シャルルの放つ圧縮魔力弾と紫電を捌きながらガーレとの間に火花を散らせる。シャルルの弾丸が三連射されたあと、閃光が走った。雷属性の高位攻撃魔術、『雷撒繭擦走鳴』が秒速三十万キロメートルで肉薄、寸前で構築された『鉄姿剰壁』を先に発射された弾丸が砕く。刻鳴士の名の由来たる、空気の爆ぜた轟音を上げて雷鳴が鋼の鎧に突き刺さる。
「外された……」
続けて発動した『鉄脅槍』が地面に雷電を逃がしていた。電流はわずかにだけアゼルを痺れさせただけ。物体の先端に収束する性質を持つ電撃系の魔術は、速度こそ電速だが、低位の物は威力が低く、高位で攻撃力の高いものは発動が遅い。予測さえできれば充分に防御可能なのだ。しかしそれで充分だった。『竜臥断鱗巻 (リダリゼグマ)』がニ重発動。螺旋形の上昇気流を構築をして、ガーレとアゼルを閉じ込める。
「何の真似だ?」
「見ての通りだよ」
「我と一対一で戦うだと? なめるのもいい加減にするのだな、人間」
「なめてるのは、そっちだろ?」
「いいだろう。死ね」
シャルルの攻撃を警戒しながらだった先ほどと違い、全魔力を攻撃に回すことができるアゼルが『巨乾坤人』を二重展開。二本の巨剣が風を割って迫る。ガーレは『速離源力』で跳躍して回避する。
「臆したか?!」
アゼルが追撃に剣を振り上げようとした瞬間に、その両手に、鋼の外骨格を貫いて二本の剣が突き立った。
「誰が臆したって?」
ガーレが空中で二本の剣を抜く。それを手放すと剣は螺旋形の風に乗り、アゼルの周囲に渦を巻いて迫る。
ソードフィールド。
十四本の剣が次々に風に乗って接近、アゼルは打ち落とそうと剣を振るうが竜巻が防御を妨害する。また風に乗った剣が嘲笑うような不規則な軌道を描く。アゼルの背後まで回った剣の柄に『速離源力』が発動、時速三百キロの超高速でアゼルを貫く。右肺を衝き抜け、膝をついたアゼルに更に剣が殺到。首を振って頭と心臓に当たることだけは防ぐが、暴風に回避を阻害され数本の剣が体中に突き刺ささって、崩れる。『鉄姿剰壁』の鉄壁が四方に構築され、剣を防ぐが、無駄。竜巻は中心に低気圧を生じさせる。それと上空の気圧差を利用し『気訃璃嶺流』がアゼルに圧し掛かる。四方を自ら壁で覆ったアゼルには逃げ場がなく、気圧に発動を補助された『気訃璃嶺流』のマイクロダウンバーストはアゼルの纏った鋼の外骨格の耐久力を超えていた。
下降気流が止む。吹き飛んだ竜巻を再構築、再び「剣の領域」が展開される。残った剣は五本。アゼルにトドメを刺すには充分な数だった。
「足搔くな」
「まだだ……」
鈍色の発動光が爆発的に集約。
「ちぃっ」
残りの剣と暴風で、術式の組成を妨害しようとするが、痛みを覚悟の上で術式を構築するアゼルは止められない。
危険だと判断したガーレは『竜臥断鱗巻』を中断、『速離源力』を高速展開し、背後に跳ぶ。
「まだ終わらん!」
『狙窪除穿都撃 (ソガルドレルキ)』が数十の大砲を作り出す。砲弾を発射するための黒い銃身と暗い砲門がガーレの視界を埋め尽くす。すべてが一斉に火を噴いた。風程度では軌道は歪まない鋼鉄の塊が『速離源力』の数倍の速度で迫る。
「ずうおおらあああああ!」
『速離源力』をガーレの限界値である四重展開、時速三百キロを超える速度で軌道から無理矢理逃れようとする。
竜巻の余波が吹き飛ぶ。ガーレの背後にあったものはすべてが消し飛んでいた。鋼の暴君が蹂躙したあとは圧倒的すぎた。
だが。
「ふうう……ううう……」
わずかに暴君の刃は届かなかった。限界を超えた加速がもたらした重力に耐え切れず、脳に酸素が回っていない。
「ぐ、おおおおおお!」
全身に剣が突き立ったままアゼルが咆哮をあげて疾走。
ガーレは微動だにしなかった。ただ耳を塞いで目を閉じた。
代わりに閃光が一筋走り、アゼルの頭蓋から地面を抜けた。
『雷撒繭擦走鳴』のアンペア数を調整された二億ボルトの雷が、空気を引き裂いて轟音を鳴らした。
脳髄が炭化して黒く焼け落ちたアゼルが水蒸気を上げながら膝をつき、天を見上げて絶命した。




