猫と勇者は死神と奈落に共鳴するとかしないとか 4
ソードフィールド、という単語に、俺は何か引っ掛かるものを感じていた。それから十六刀流。その二つの名称から、推測し、ガーレ=アークの戦系を組み立てる。
ガンドラ平原の戦いで俺は二万人の兵士を殺したらしいが、そもそも、俺に二万人の兵士を殺せるか? と問われたら、答えはノーだ。
魔力的には問題ないかもしれないが、体力が持たない。ガーレ=アークは少なくともいまの俺よりも強かったことになる。ジギギギアと戦ったときと違い、盾にできる人間はいない。一緒に戦うのがリグムとシャルルの差はあるが、おそらくは同等かそれ以上の苦戦を強いられるはずだ。俺は強くならなければならない。でなければ、ロットウェルのときのような無意味な犠牲を繰り返してしまう。
「ソードフィールドと十六本の剣……」
思いつくことは一つあった。
いまから試している時間はない。武器屋くらいシャルトルーゼにもあるはずだ。
俺は有り金をはたいて十五本の剣を買った。直感的に細身の物を選んだ。紐で括って背中に提げる。
「ちぃっ!」
シャルルは舌打ちを一つした。『電凱波』の探知電波を鉄の破片を撒き散らすことで撹乱されている。刻鳴士の術は精密な制御を必要とする。通電性の高い鉄属性との相性は最悪に近かった。
「痴れ者共めが」
銀髪銀眼の悪魔の構えた両手に、鈍色の発動光が出現、一瞬遅れて柄から順に長大な剣が組みあがっていく。『巨乾坤人』の術式は使い手の魔力量によって生成可能な量が違う。魔王たるアゼル=アグア=アアグオンの作り出した剣は、四十数メートルあった。『血迩餌液』他数種類の魔術によって筋力を補助し、重量を軽減し横薙ぎに一閃! 『神嶽捉経』で電速の反射神経を得ていたシャルルは回避できたが、シャルルと共に来ていた兵士はその莫大な質量をまともに受けた。シャルルを除けば誰も、生き残らなかった。
「その程度の技量で我に挑もうとは、片腹痛い」
薙ぎ払われた剣が翻る。シャルルまで到達する寸前で、『電癪是灼熱 (デルグリウツ)』の電熱が鉄を溶解させる。
「ほう」
わずかな興味がアゼルの口元を綻ばせた。着地際を狙って『鉄脅槍』の無数の鉄槍が放たれるが、寸前で左に逃げたシャルルの影を追うのみ。
「フゥゥゥ……!」
シャルルは殺気を昂ぶらせる。呼応するように二挺の銃が電荷を帯びて輝く。アゼルは『鉄姿剰壁』の鋼鉄の壁を構築する。しかし銃身から吐き出された圧縮魔力弾はそれを易々と粉砕した。乱射された銃弾が鉄の壁を粉々に砕くがその奥には、アゼルの姿はなかった。
「!」
上空に飛んだアゼルが無数の剣と槍と戟と矢と斧と鉈と刀を生成する。シャルルはその中の一つに電撃を放つ。強烈な電荷を与えられた鉄は電磁石となり、周囲の刃物を吸着。
アゼルは強力な魔力で引き剥がそうとする。それよりも早く銃口から放たれた圧縮魔力弾が無数の武器を破砕させる。『電凱波』が乱されているシャルルは気づけなかった。アルミニウムの粉塵が、彼女の背後から迫っていたことに。降り注ぐ鉄の破片をバックステップでかわそうとして、それの中に突っ込んだ。
(しまった……!)
「遅い」
アルミニウム粉塵に火がついた。爆発が伝播し、急激に燃え広がる。辛うじて目を閉じて網膜が焼かれるのを阻止し、がむしゃらに逃げようとするが、『巨乾坤人』の四十メートル級の大剣はシャルルに逃げ場を与えてくれなかった。
ゴウ、と風が音を立てた。
――『旋捲風』が熱波を割る。シャルルが目を開く。アゼルの片手に剣が深く突き刺さり、巨剣を取り落とす。数メートル離れたところに背中にやたらめったら剣を提げた男が立っていた。
「間に合ったか」
「貴、様……?!」
「やれやれ、今日は騒がしい日だな」
『鐙轍済革』の鋼の外骨格がアゼルの体を覆う。
「一応、言っておこう。人間、ここで退け。私は争いを好まん」
アゼルの美しい声が大気を震わせた。
「にゃらばにゃぜお前は人を襲う?!」
「必要だからだ」
「答えににゃっていにゃい」
「納得できないならば、こう考えるがいい。お前らは牛や豚を食うだろう。それと同じだ。人間は魔力の濃度が他よりも高い。お前たち風に言えば、美味いのだ、人は。お前たちもそうだろう? より美味いものを求めて、人は草ではなく果実を、虫ではなく肉を狩ってきたはずだ」
「大人しく喰われてやる筋合いはにゃい」
「ならば争うほかないか。その選択の愚かさを知りながらも!」
剣の一つが超高速で飛来し、アゼルの足元に突き刺さった。
「おいおい、二人でいちゃいちゃしてねーで俺も混ぜてくれよ」
「痴れ者め」
「つーかさ、理由とかどうでもいいんだよ。邪魔だから死ね」
ガーレが片手を翳した。軽く指を振るうと『気訃璃嶺流』によって下降気流の槌が振り下ろされる。が、『鐙轍済革』の装甲の上に圧し掛かるだけ。返し刃に『鉄脅槍』が放たれる。ガーレは『速離源力』で超跳躍、シャルルの側に着地。
「にゃぜ来た?!」
「うん、まあ細かいことは気にするな。ところで確認しときたいんだが、刻鳴士って前衛職でいいんだよな?」
「いいや、前衛もできるというだけで、本来は後衛職だ」
「へぇ、じゃあ一つサポート頼むわ」
「……わかった」