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空の王座と召喚士の悲鳴 1

――いったいいつまで殺せばいいのか。無論自身が死ぬまでであることを私は知っている。

     風の騎士 ガーレ=アーク





 朝の陽射しが窓から差し込んで、くそ広い客間で俺は目を覚ました。天井が高い。柔らかいベッドから体を起こす。癖のように首を振るが、硬いベッドで眠っていた昔と違って、首の骨がバキバキと鳴ったりはしなかった。もう召喚されてから半年も立つのにいまだになれない。

 姿見の前に立ち、肩を回し、一通りに体の部位を伸ばす。特に異常はなかった。いつも通りの黒髪で目つきの悪い男が映りこんでいるだけだ。

「……よし」

 体は軽かった。筋肉に疲労は残っておらず、どこにも痛んでいる場所はない。壁にかけた剣を取り、鞘から抜いて構えた。すでに馴染んだ重さが掌に吸い付く。コンディションはほぼベストだろう。剣を鞘に戻して、さて着替えようかとしたところで、控えめなノックが二度扉を打った。

「鍵は開いてるぜ」

 記憶にある貧相な部屋と違って、ここの上等な金具は音を立てずに導きいれる。窓から入る陽の光がそいつの端整な顔を照らし出す。光を帯びた水色の髪。エメラルド色の瞳。背丈も百八十センチはあるイケメン。

 このイケメンの名前はリグム=フェン=ナイトロール。

 この国で最強と言われている魔術師であり、俺の親友だ。

「アイバ、おまえ今頃起きたのか。出立は早いと伝えたはずだが」

「うるせーな。俺のおかんかおまえは。朝弱いんだよ。おまえらと立場違うんだからそれくらい許せ。ハゲ」

「ハゲてはないはずだが」

「いいや、ハゲるね。おまえは将来ぜぇっったいハゲる」

特に根拠のない断言にリグムは「そう、なのか……?」と生え際を気にする素振りを見せる。「ああ、統計学上おまえみたいに直毛で滝みてーに垂れてる髪型のやつはハゲるんだよ。先端に重さが集まるからな」と嘘を追加してやるとわずかに眉間に皺がよった。それから表情を作り直し、俺にしかわからない程度に微笑した。

「お前は変わらないな」

 表情をあまり動かさないこいつが、この数分で二回も顔の筋肉を動かすのは非常に珍しいことだった。なんか楽しいことでもあったのかもしれない。

「五分で支度してくれ。もう部隊の用意はできている」

「あいよー」

 いい加減に返事をするとリグムは溜め息を吐いて部屋から出て行った。

 これから魔物退治に出る。部隊長で指揮者たるあいつにはいろいろとやることが残っているんだろう。その点、俺は気楽なものだ。

誰かから与えられた力を振るい、ただ壊せばいいのだから。


 勇者であること。


 それが異世界から召喚された俺に与えられた役目らしい。俺は半年前に、魔王討伐のために召喚された。それに期待されていた魔術師である、リグムの弟が出撃を拒否したからだ。ちなみに彼の名はカイセルと言い、最強と言われるリグムすらはるかに凌ぐ魔力を宿して生まれた化け物のような魔術師だ。彼が戦えば魔王の撃破は確実だと言われていた。それをカイセルは「やだよ、面倒くさい」と一蹴して、代わりに俺を召喚したんだとさ。傍迷惑すぎる話だった。

 そして俺は魔王を倒した。

 いまは魔王軍の残党を狩るために、正規軍の一員となって戦っている。

 鏡の前に立った。……ふむ、寝癖がひどい。左右に髪が飛び跳ねまくっている。シャワーを浴びたいが時間がないので歯だけ磨いて顔を洗う。髪は諦めよう。

 クローゼットを開けて白を基調にした戦闘服に着替える。なんで白なんだろうなといつも思う。目立つことが大事らしい。軍隊の権威と矜持を示すためらしいが、どうせ血で汚れるのだから暗い色のほうが好ましい。寝巻きを放り込んでクローゼットを閉めた。どうせ俺の留守中に誰かが持っていって洗ってくれるだろう。

 廊下に出ると、リグムと同じ水色の髪が壁に額をくっつけてへたれこんでいた。

「……カイセル?」

 びくんと大きく肩を揺らして、おそるおそるといった感じで振り返る。リグムに似ているが、リグムより弱弱しい目をしている。十五、六くらいのはずだがもう少し幼く見える。

「なんだ、アイバか」

 胸を撫で下ろしながら安堵の息を吐く。

「なんでこんなとこにいるんだ?」

 引きこもりのお前が。という続きを飲み込む。

 カイセルは唇を少し尖らせる。

「ロットウェルに追い出されたんだ。カイセルは強いくせに働かないでご飯食べてるなんてむかつくので働いてください。って」

 ……一理ありすぎて困る。ついこないだまで魔王ジギギギア=ギギガガ=ガギゾと戦争をやっていたこの国は、基本的に飢えている。本来ならばカイセルほどの強力な魔術師を遊ばせている余裕はないのだ。

 だけど。

 ふと使用人が通りかかった。カイセルが額を壁にくっつけてカタカタ震え始める。

「あら、アイバ様。おはようございます」

 使用人さんはごく普通に挨拶してくる。

「ああ、おはよう」俺は言いながら薄くカイセルに視線を向けた。使用人さんがそれに気づいて「あ、すいません」と軽く頭を下げながら通り過ぎていった。ふむ、別に謝る要素はなかったはずなのだが。

「カイセル、もう行ったぞ?」

 見ての通りカイセルは対人恐怖症である。俺とリグム、それからロットウェルという女兵士だけは平気らしい。

「ロットウェルもひどいよね。僕になにができるっていうのさ」

 まったくその通りだ。魔王討伐の際、軍議に無理矢理連れ出されたこいつが顔を青くして、最終的に机をゲロまみれにしたは忘れがたい。自分が貰いゲロしやすい体質なので堪えるのが大変だった。とくに愉快な記憶でもなかったのですぐに沈める。ともかくこいつが軍隊の最前列で戦っている姿はなかなか想像し辛い。

「ところでお前、ここでなにしてたんだ?」

「召喚獣の実験」

「お前これ以上強くなるなよ……」

「今度のは自信作なんだ。蟻に寄生する菌類の――」

「あーすまん。いまわりと時間ないんだわ。リグムのやつにどやされる」

 目の端を下げる。なんていうか、庇護欲に駆られる感覚がある。ていうかなんかかわいい。くそ、滅びろイケメン。

「いいよ、僕の人生はどうせリグムに邪魔され続けるんだ。ほんとは僕のなのに、アイバも取られちゃうしさ」

 微妙に違う気がしたが、つっこまないでおいた。

「じゃあな。ちょっと行ってくる」

「ん、いってらっしゃい。元気で帰ってきてね」

 ニッと笑顔を作る。わずかな後ろめたさが掠めたが振り払って俺は歩き出す。

「……できたらでいいから」

 カイセルの声が随分小さかったのと、軍靴を履いている自分の足音の大きさで、俺はその呟きを聞き逃した。


 リグムが今回指揮するのは城壁都市ヴァルクリフ守備隊以外の、王国のすべての部隊から精鋭五十人を選りすぐった即席の部隊だそうだ。正直ナンセンスだなと思う。俺とリグムがいれば相手がどんな数だろうが問題ではないのだ。そして戦闘に巻き込まれる村人の保護とか言い出せば、今度は兵士の質より数が必要になる。俺は今回の作戦の責任者はリグムではないのだろうなと思う。予想通り兵舎についてから演説を始めたのはやけにえらそうなおっさんだった。

「おい、出てっていいか? バカバカしい」

「次期総統様の機嫌を損ねたいならやれよ」

 リグムの許しが出たので出て行こうとしたら、肩を掴まれた。

「言い方が悪かった。いてくれ」

「わかった。つーか馬に乗ってのろのろ行くのも気が進まないんだがな」

「やめてくれよ。お前の加速魔法には僕だってついていけないんだ」

「魔物が出たのは北北東に二百五十キロだったか?」

「ああ、帝国との国境付近で守備隊を残して国境警備の兵も討伐にあたっているがまるで追いつかないらしい」

「馬の足で三日くらいか。俺一人なら一時間程度でつくが、いったい何人を俺が殺したことになるんだろうな」

「っ……」

「お前を責めてるが気にするな。ただの独り言だ」

「わかった。僕が上の席を取ったら必ず改善する。だけどそのまえに」

「あ?」

「寝癖、なんとかしろ」




 

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