フレネミー令嬢は王子の婚約者が気に食わない!
「クリスタにしてはよくやったわよね。王子の婚約者になるなんて」
「えへへ、まさか自分が選ばれるだなんて思わなかったよぉ」
私の嫌味にも気づかず、クリスタはふにゃりと笑った。
柔らかなウェーブのかかった金髪に、抜けるように白い肌。それから緊張感のない顔。ふぅん、王子ってばこんなのがタイプだったのね。従順そうで頭の弱そうな女がタイプってことか。じゃあ、頭のキレる公爵令嬢として名高い私が選ばれなくても仕方がないわねッ。
私はそう思うことで溜飲を下げた。
けれど、本当は私が婚約者の座を射止めたかった!
この国の第二王子であるディートリヒ様の婚約者は、つい先週決まったばかりだ。
貴族のうち半分くらいの者は、幼少期に親によって婚約者が決められる。
しかし王家は王子や姫本人の意思を尊重するべきとの考えから、王族の子が16歳の歳を迎えてから本人に婚約者を選ばせるのが慣例となっている。
本人に選ばせるといっても、王や王妃たちによってある程度候補者は絞られている。
候補者となるのは、家柄、容姿、教養、魔力の高さやマナーの出来などいくつかの選考基準を突破した者だけだ。
皆から美しいと称賛され続けている公爵令嬢の私が、その候補者に入るのは当然!
けれど、候補者は私だけではなかった。
他にも外国語に長けた侯爵令嬢や、魔法を自在に操る力をもつ伯爵令嬢、それから絶世の美少女とされる男爵令嬢なんかもいた。
さすがに男爵令嬢では家格が合わないだろう、私のライバルは外国語に長けて教養も深いと評判の侯爵令嬢くらいか……と思いきや。
まさかの、選ばれたのは私の眼中になかった伯爵令嬢クリスタだった。
なんでコイツが! それが私の率直な感想だった。
クリスタは、まあ多少は顔がかわいらしいかもしれないが、家格も大したことはなく、外国語に長けているわけでも、ダンスがとびきり上手いわけでもない。ついでに貴族に必須である魔法を扱う能力も低い。
親も政治的に重要なポジションについているとか、王族に仕えているとかでもない。
はっきり言って、王子の婚約者としてはなんのインパクトもない令嬢、それがクリスタだった。
王立学院で、私とクリスタは同級生だ。
最初は王子の婚約者候補同士、情報交換も兼ねて多少交友関係を築いておくか、くらいの気持ちで彼女に近づいた。
慣れ合う気持ちなど、さらさらなかった。
それなのに、クリスタは「ゾフィー様、今日もお召し物がステキね」とか「ゾフィー様って物知りなのね!」とか言って、私にまとわりついてくる。
ふふん、私の素晴らしさを素直に認めるところはいい。審美眼もそれなりとみた。
必要以上に親しくするつもりはなかったけれど、向こうが私にすり寄ってくるのだからしょうがない。
クリスタは私と違って無知なところもあるし、世間知らずでもある。
まあ、公爵令嬢として下の者の面倒を見るのも大事だし? それなりに仲良くしてやっていた。
それなのに、クリスタは私を差し置いてディートリヒ王子の婚約者になってしまった!
ああ、気に食わない!
気に食わないけれども、私は決してそれを顔には出さない。
私の気持ちは、誰にも気づかれてはならない。
だって私は、この王立学院の令嬢の頂点である公爵令嬢なんだもの。
誰よりも気高く、誰よりも余裕を漂わせ、選ばれし立場の者であることを皆に示し続けなければならないのだ。
私はニコリと優雅な笑みを作ると、目の前でハフハフと熱い紅茶と格闘しているクリスタに問いかけた。
「今度、王子の誕生パーティで婚約者のお披露目があるんでしょう? ああ、心配だわ。クリスタってほら……マナーに疎いところがあるじゃない? やっぱり、伯爵家ともなると行き届かないところもあるのかしら。いえ、あなたのご両親を悪く言うつもりはないのよ。でも、あなたが至らないとディートリヒ様にご迷惑がかかるじゃない?」
私はチラリとクリスタの手元を見た。
そんな手つきでカップを持つな、ハフハフするな、と指摘したい気持ちをぐっと押さえ、私は心配そうな表情を作る。
せめて私の嫌味に気づいて恥ずかしそうにでもすればいいのに、クリスタは「むーん」と唇を尖らせた。
何が「むーん」よ! 優雅さのカケラも無いそんな仕草にも腹が立つ。
「やっぱりゾフィー様もそう思うよね? うち、両親が忙しくてマナーとかあんまりじっくり教わらなかったからさ、自分でもどうしていいか分からないんだよね。ディートリヒ様はそういうところも可愛いよ、これから覚えればいいんだよって言うんだけどさ」
クリスタはコテンと首を傾けながら言った。
この女の仕草全てが癪に障る。
そして「ディートリヒ様はそういうところも可愛いよって言う」ってなんだ。惚気か? 王子に選ばれなかった私への当てつけか?
あーいけない、いけない。
私は思わず頬がピクピクと痙攣しそうになるのを必死で抑える。
「まあ、とりあえずは次のパーティをなんとかやり過ごせばいいわね。あなた、運だけはいいんだもの。まぐれでも、上手くいくかもしれないわ」
「そうだよねぇ! わたし、運いいもんね! なんか色々心配だったんだけど、ゾフィー様と話してたら元気でてきた! やっぱ持つべきものは公爵令嬢の友達だよね」
クリスタは再びふにゃりと笑った。
本当に緊張感のない奴め。
公爵令嬢の私を出し抜いて王子の婚約者になったのだから、もう少し緊張感というものを持ってほしい。
私はこの会話が終わる前に、最後にチクリと言ってやることにした。
「それから、いまクリスタが着ている緑のドレス……それ、あなたには似合わないかも。ホラ、それ体のシルエットがはっきりしているでしょう? クリスタみたいな幼い雰囲気の令嬢には似合わないんじゃないかと思って。私みたいな大人っぽい顔立ちなら似合うかもしれないけれど」
「えーそうかなぁ。まぁゾフィー様が言うならそうなんだろうねぇ。せっかくディートリヒ様がプレゼントしてくれたものなんだけど……着るの控えようかなぁ」
クソッ、王子からのプレゼントだったのね⁉
それをわざわざ私もいる学校に着てきたのね⁉
私への当てつけとしか思えない。ああ、気に食わない!
「ええ、絶対に控えた方がいいわね」
次にそれを着たら、私の機嫌が更に悪くなるからね。
私は内心プリプリしつつも、誰よりも優雅に、誰よりもにこやかにクリスタとのカフェタイムを終えた。
だって私は公爵令嬢。選ばれし者。
これしきのことで内心をかき乱されていると他の人に知られてはならないのだ。
◇
クリスタがディートリヒ様の婚約者に選ばれてから1ヶ月が経った頃。
私は数名の令嬢から中庭へと呼び出された。
「私に何か御用かしら?」
私の目の前には4名の令嬢たち。皆、以前は公爵令嬢である私をちやほやしていたのに、今はクリスタをちやほやしている者たちだ。
そして、皆示し合わせたかのように緑のドレスを着ている。
あ、先月クリスタが着てたのと同じような色とデザインだ。
彼女たちはそれを着ることによって、クリスタの仲間であるとアピールしたいのだろう。
彼女たちは今までクリスタには見向きもしなかったのに、クリスタが王子の婚約者に決まった途端にすり寄っていった。公爵令嬢の取り巻きを続けるよりも、未来の王子妃にすり寄った方が得だと判断したのだろう。
小賢しい!
その者たちが今更私に何の用なのだろう。
彼女たちの鋭い目つきを見るに、楽しい話ではなさそうだ。
彼女たちの中で一番家格の高い公爵令嬢が口火を切った。
「ゾフィー様、ちょっといいかしら。あなた、前々から思っていたのだけど、未来の王子妃であるクリスタ様に対して失礼な態度を取りすぎじゃありませんこと?」
「あら、そうかしら? 私は公爵令嬢として、貴族を束ねていく立場の者の心得を教えてやってるだけよ」
「んまー! ちょっと家格が高いからって、調子に乗りすぎじゃありませんこと⁉」
周りの令嬢も「そうよ、そうよ」と同調する。
集団でないと物を言えない小心者たちめ! 鳥のようにピーチクパーチクとうるさいわね。
「ゾフィー様、あなたみたいな人の事を、平民の言葉では“フレネミー”って言うんですのよ」
そう言った令嬢はクスクスと笑い出し、周りの令嬢もそれに同調する。
その仕草は意地悪令嬢の見本のようだった。
「フレネミー?」
私が聞き返すと、令嬢の一人が「まあ! やっぱりご存じないのね!」と大げさに言った。
「フレンドとエネミーを混ぜた言葉ですわ。友達のフリをした性悪の敵ってところですわね。貴族の頂点だとかなんとか言ってふんぞり返って、平民の文化には全く興味も示さない。そんな尊大な態度だから王子から婚約者に選ばれなかったんですわ!」
んぐっ。
確かに私は平民文化に疎い。お父様からは国民の大半は平民なのだから、彼らの動向にも目を光らせるべきだと度々言われている。
けれど、普段関わることもなく、そして今後の人生でも関わることのないであろう者たちのことを知って何になるのだ。
「クリスタ様は平民の暮らしについても深くご理解なさってるし、何といっても誰にでも公平にお優しいし……ディートリヒ王子はきっと、そういうところを気に入られたんですわね。それなのにゾフィー様ときたら、いつも偉そうにクリスタ様に接しておられて……」
「わたくし、ゾフィー様がクリスタ様に嫌味を言っているのを何度も目にしましたわ! そんなに彼女がお嫌いなら、距離を取ればいいのに。それでも友達ヅラを続けるなんて、まさにフレネミーってやつですわね」
令嬢たちは好き勝手に私をこき下ろし始めた。
今までは私にすり寄って来ていたのに、クリスタが王子の婚約者になってものの1ヶ月でこれだ。
私をこき下ろせばクリスタに仲良くしてもらえるとでも思っているのか。
馬鹿め、クリスタはそんな単純な女じゃない。
私の度重なる嫌味にも気づかない、超絶馬鹿女なのだ。そして、多分私のことをめちゃくちゃ慕っているのだ。
……なぜ私を慕っているかはよく分からない。多分私が美しい公爵令嬢で、かしこくて、尊敬に値するからだと思うけれど。
私がそんなことを考えている間にも、令嬢たちはピーチクパーチクと巣の中に押し込められた雛のように、下品に口を開いては私の悪口を繰り返す。
もう飽きたな。帰ろうかな……と思いつつ彼女たちの顔を眺めていると、おや、なんだか全員顔色が悪い。
顔は青白く、眼の下にもクマがはっきりと見てとれる。
目の輝きも薄く、全員病人と言われればしっくりくるほどだ。
「あなたがた、全員体調が悪いんじゃないの? 早くお帰りになったら?」
「まあ! 自分が責められるのが嫌だから、帰れって言うんですの⁉ 本当に偉そうなこと……」
令嬢の一人はそう言い返して来たが、彼女は少し肩で息をしている。
本当にしんどいに違いない。
どうしたもんかと思っていると、向こうからパタパタと落ち着きのない足音が近づいて来た。
「ゾフィー様ぁ~!」
「クリスタ! 貴族令嬢たるもの下品な足音を立ててはだめよ!」
近づいて来たのは、今日も全く緊張感と優雅さのカケラもないクリスタだった。
彼女は私を責める令嬢たちがまるで視界に入っていないかのように、私だけに話かけてくる。
「ゾフィー様、もう聞いた? いま流行りの緑色のドレスが原因で貴族の間で病気が多発しているって話! どうやら緑の染料に猛毒が含まれていたらしいの。先月、ゾフィー様が緑のドレスは着るなって忠告してくれたでしょう? あれって、ドレスの染料の危険性を察知してたからだよね?」
いや、危険性なんか知らないわよ。
ただ嫌味を言いたかっただけよ!
でもそんなことを口にできる訳もないので、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「でも染料の危険性について確信が持てなかったから、ああいう言い方になったんだよね? 公爵令嬢が適当なこと言えないもんね。さっすがゾフィー様! 私、ゾフィー様に忠告されてからは一回もあのドレス着てないんだぁ。おかげで病気にならなくて済んだわ! 本当にありがとう!」
クリスタは私の両手を取ると、ブンブンと上下に振ってお礼を言った。
その様子を見ていた4人の令嬢たちの顔色は、先ほどよりも悪くなっている。
クリスタはやっと令嬢たちの存在に気付いたようで、彼女たちの顔を覗き込むようにして言った。
「あら、あなたたち体調が悪そうよ? あっ、緑のドレス! それ、体に悪いらしいよ。早く帰って着替えた方がいいと思う」
「私もそう忠告したんだけど、ね」
私が令嬢たちを睨むと、彼女たちはヒィッと縮み上がった。
私を責め立ててクリスタの取り巻きとしての地位を固める作戦は見事に失敗し、おまけに自分たちの健康も危ういときた。
フン、私に意地悪したから天罰がくだったのよ!
令嬢たちは引きつった笑みを浮かべながら言った。
「さ、さっきここでゾフィー様からも顔色が悪いとご指摘があったばかりですの……ほほほ、今日は帰りますわ……お二人ともご機嫌よう」
令嬢たちがそそくさと退散する様子を見ながら、私は小さくため息をついた。
フレネミー……か。
まあ、そんなこと言われても、自分の言動を省みるつもりはないけどね!
◇
それから更に数か月の月日が経った。
クリスタは相変わらず優雅さのカケラもない。
王城に花嫁修業として日参しているようだが、私から見れば所作や教養部分にも全く進歩が見られない。
ここまで来ると、もう貴族として生きていく才能が無いとさえ言える。
やっぱりディートリヒ王子は私を婚約者にするべきだったのよ!
クリスタも厳しいと噂の花嫁修業が堪えているのか、浮かない顔で言った。
「やっぱり、わたしなんかに王子妃は務まらなかったのかもしれない……」
この能天気女にしては珍しく弱気だ。
友達なら、ここで「そんなことないよ!」と励ますのが普通なのかもしれない。
もしくは「そんな生半可な気持ちなら辞めちゃいなさいよ!」と叱咤するべきなのかもしれない。
けれど、私は周りいわくフレネミーというやつらしい。
クリスタが順風満帆なのも気に食わないし、ここから奮起するのも面白くない。
むしろ幸せな日々から転落していってほしい、まである。
私はニッコリと、これ以上ないほどに優しい笑みを浮かべて言った。
「無理なら、辞めたらいいと思うわ。あなたには少し荷が重かったのかも」
「ゾフィー様ぁ。でも、ここで婚約者を辞退すれば、我が家にもディートリヒ様にも迷惑がかかっちゃう。それに、今まで教育してくれた王城の先生たちにも申し訳なくってぇ……」
「そりゃあ少し周囲はがっかりしちゃうかもしれないけど、自分の能力に見合った立場で生きていくことも大事だと思うの。それに、以前緑のドレスをディートリヒ王子に贈られたって言ってたじゃない? 知らなかったとはいえ、あんな危険なものを婚約者に贈るだなんて、王子も配慮が足りないんじゃない? もしかしたら、あなたってば王子にとってその程度の存在なのかもしれない」
「そ、そんなぁ」
クリスタは今にも泣きそうだ。ふふふ、いい気味。
「婚約解消も視野に入れてみたら?」
私がそう言うと、それっきりクリスタは黙ってしまった。
やっと自分の立場が分かったのね!
この女が婚約解消すれば、王子の婚約者探しは振り出しに戻る。
そうすれば、今度こそ私に婚約者の椅子が回ってくるかもしれない。
うふふふ!
そうすれば私こそが未来の王子妃! この国の頂点である王族になれる!
どこぞの貴族に嫁がされるより、王族になる方がいいに決まっている。
私はにやつきそうになる口元を必死に押さえた。
そして翌週。ついにクリスタは王子との婚約を正式に解消した。
クリスタの伯爵家は多大な違約金を支払ったらしく、これで彼女の家も大きく傾くだろう。
まさか本当に婚約解消するとは思わなかったが、彼女にはそれくらいの根性しかなかったのだ。どのみち王族など務まらないだろう。
さあ、やっと私の時代が来るのね!
……と、思っていた時期が私にもありました。
ディートリヒ王子とクリスタの婚約解消のニュースが国中を駆け巡った数日後。
なんと、政変が起こった。
王の弟がクーデターを起こしたのだ。
王弟は宰相ら国の重役数人とともに王宮に攻め入り、あっという間に制圧してしまったらしい。
王と王妃はその場で殺害され、その時王宮にいなかった王子や姫たちも後日全員処刑された。
急な政変にも驚いたが、私が最も驚いたのはここからだ。
なんと王弟……いや新しい王は、第一王子の婚約者も連座で処刑したそうだ。
なんでよ⁉️ まだ結婚していないんだから王族じゃないのに!
それくらい新しい王は残忍なのか……と思ったが、周りの貴族の話を聞くに、そうではないらしい。
寧ろ以前の王の方が残忍で、何人もの側仕えが虐待されていた、また罪を犯した貴族の処刑を見物するのを何よりも楽しみにしていたという話もあるという。
……全然知らなかった。
また、前王が国民に課していた税があまりにも重すぎた、らしい。
私は今まで税について考えたことなど一度も無かった。公爵家がどれくらいの税を平民から徴収し、また国に納めているかなども、全く知らない。
私にとっては税の大小など取るに足らないことだったが、国のいたるところで重税に憤った平民が武器を手に国に抗議の声をあげ、その度に国軍が出動する事態になっていたという。
事態を重く見た前王の弟は度々国政を改めるように前王に進言していたが、前王は聞く耳を持たなかった。それどころか国費で贅沢三昧をする始末。
王族の生活は腐敗の限りを尽くし、さらに第一王子の婚約者も王族の贅沢三昧に便乗したり、他国との戦争の種になりかねないトラブルを起こしたりもしていたという。
唯一、第二王子の婚約者だったクリスタだけがまっとうだった、というのは後日流れてきた噂だ。
彼女は重税を改め、国民の声に耳を傾けるように何度もディートリヒ王子に訴えていたという。
しかし王子はそれに耳を貸すどころか、段々とクリスタを疎むようになり、最終的には浮気まで繰り返すようになったらしい。
国政の腐敗と王子の変わりように心を痛めたクリスタは、違約金を支払ってでも婚約を解消し、自分の心にも国民に対しても誠実であろうとした……
……とかなんとか王立学院では噂されてるけど、あの女がそこまで深く考えてるか⁉️
どうせ花嫁修行がしんどいとか、王城の先生が怖いとか、そういう理由でしょ。絶対そう。
……まぁ、本人に確かめた訳じゃないけれど。
クリスタは、今日も無作法にハフハフ言いながら、私の向かいで紅茶を飲んでいる。
「だから、その飲み方やめなさいよ! 下品だわ」
「えー、もう王子の婚約者じゃないからいいの、いいの。それにしても、やっぱりゾフィー様って先見の明があるよね? 私にディートリヒ様との婚約をやめるように言ったのも、きっとクーデターの前兆に気づいていたからよね? おかげで命拾いしちゃった!」
クーデターの前兆なんか知る訳ないじゃない!
純粋にアンタが幸せじゃなくなればいいと思っただけよ。
しかし私は自分の内心は隠し、曖昧に微笑むに留めた。
「うちの伯爵家も婚約解消の違約金で傾くかと思いきや、新しい王様がかなり徴税額を抑えてくれるとかで、なんとかなりそうなの! ホントよかったぁ」
なんだかんだ、毎回この女が危機を回避するのがムカつく。どうして神はこの取り柄のない能天気女に味方するのか。
……まぁ、クリスタが元々王子と婚約していたおかげで、私はこのクーデターにおいて無傷でいられたのだ。
もし最初から私が婚約者になっていたら、なんだかんだと理由をつけて王子たちとともに処刑されていてもおかしくない。
…しかし! だからと言って、クリスタに感謝なんかしないんだから!
クリスタの周りからは取り巻き令嬢も消え、すっかり静かになった。取り巻きたちは権力のない者に興味はないらしい。
かつて私を責め立てた4人の令嬢は、体調が回復したあと再び私に取り入ろうとしたが、もう遅い。あんな性悪ども、相手にするもんですか。
表向き、私の1番の友人がクリスタというのは気に入らない。とても気に入らないけれど、クリスタの能天気具合にもだいぶ慣れた。
彼女はいつだって自分の気持ちに正直で、裏表がない。そんな友人が1人いても悪くないだろう。
「ところでゾフィー様、他の令嬢が言ってたんだけど、フレネミーって何? 物知りなゾフィー様なら知ってるよね?」
ああ、こういうところが腹立つのよ!
うるさいわね、アンタの目の前にいる美しい公爵令嬢のことらしいわよ!
フン!




