1話 「追放の王女と森の扉」
王城の大広間には、重苦しい空気が満ちていた。
玉座の前に立つ少女――リシア王女は、静かに顔を上げた。
まだ十五歳の王女である。
だがその立場は、今まさに終わろうとしていた。
玉座に座る王が、低く告げる。
「リシア王女。お前を王都より追放する」
広間がざわめいた。
追放。
王族にとってそれは、名ばかりの処分ではない。
王都から遠く離れ、政治からも歴史からも忘れ去られることを意味する。
王は続けた。
「辺境の森に小さな町がある。お前にはその地を任せる」
任せる――そう言ったが、実際は違う。
王都の誰もが理解していた。
それは捨てられたも同然の土地だった。
リシアはしばらく沈黙し、やがて小さく頭を下げた。
「……承知いたしました」
その瞬間、一人の男が前に出た。
重い鎧を身につけた騎士。
ガルドである。
彼は膝をつき、声を張った。
「陛下。私はリシア様の護衛として同行いたします」
ざわめきが広がる。
王は興味なさそうに手を振った。
「好きにしろ」
すると、もう一人が静かに歩み出た。
黒い執事服を着た青年。
ルーベルトだった。
彼は優雅に一礼する。
「では私も同行いたします」
王が眉をひそめる。
「お前までか」
ルーベルトは淡々と言った。
「私の主はリシア様ですので」
王は短く笑った。
「物好きなことだ」
こうして。
王女リシアと、騎士ガルド、執事ルーベルト。
三人だけの追放生活が始まった。
――それから数日後。
王都を離れた馬車は、深い森へと入っていた。
窓の外には、どこまでも続く木々。
ガルドが言う。
「姫様。もうすぐ目的の町です」
リシアは頷いた。
やがて森が開け、小さな集落が見えてくる。
木の家が並び、畑が広がるだけの小さな町。
人口も少ない。
王都とは比べものにならないほど静かな場所だった。
ガルドが申し訳なさそうに言う。
「……姫様、本当に」
だがリシアは首を振った。
「いいえ」
そして小さく微笑む。
「ここが私の国になる場所よ」
その時だった。
胸の奥が、わずかに震えた。
不思議な感覚。
まるで――
何かが呼んでいる。
リシアは森の奥を見つめた。
「……あちら」
ルーベルトが気付く。
「どうされました?」
リシアは自分でも理由が分からないまま言った。
「あの森の奥に、何かあるわ」
ガルドが首をかしげる。
「姫様?」
しかしルーベルトは静かに微笑んだ。
「行ってみましょう」
三人は森の中へ入った。
しばらく歩いた先。
苔むした岩壁が現れる。
そしてそこには――
巨大な石の扉があった。
古い遺跡のような入口。
リシアが一歩近づく。
その瞬間。
ゴゴゴゴ……
重い音が森に響いた。
ガルドが驚く。
「なっ……!」
誰も触れていない。
それなのに扉が動き始めた。
ゆっくりと。
まるで歓迎するように。
扉が開く。
その奥には、暗い階段が続いていた。
地下へと続く道。
ルーベルトが静かに呟く。
「……ダンジョン、でしょうか」
その時。
リシアの頭の中に、声が響いた。
やさしい少女の声。
『やっと来てくれた』
リシアは思わず呟いた。
「……誰?」
だが返事はない。
ただ、どこか懐かしい感覚だけが残る。
まるで。
ずっと前から知っていた場所に、帰ってきたような。
そして誰もまだ知らない。
このダンジョンの主が誰なのかを。
――その答えは、すぐ目の前に立っていた。




