赤い餅
むしやなく あかくそめたる もちつきよ
はらとせたがう うらめしさかな
瀬戸内のとある島に一人の武士がいたそうだ。といっても、戦乱の世は終わり出世の機会もない下級武士、しかも家を追い出された元部屋住みとあれば浪々として過ごすのみ。当然ながらその生活は窮乏したものであったらしい。
何らかの凌ぎはしていたのかも知れないが所詮はプライドの高い武士、庶民に交じり糧を得るといった器用さは持っていなかったものと思われる。当然ながら所持金も底を付き、遂には腰の物を質入れするかどうかというところにまで落ち零れることに。
「お侍さま、これは家でついた物なのですがよろしければ貰っていただけないでしょうか?」
近所に住まう百姓が憐れに思い、彼に鏡開きの餅を一つ分けようとした。
数日間まともに食べる物も食べることもなく、ひたすらに空腹に堪える毎日。地獄に仏といったところ。当然ながら喉から手が出るほどに欲しかったことであろう。
「無礼者め、武士たる者百姓からの施しなど受けぬ! 早々にそれを持って立ち去るがよい!」
だがしかし、武士は食わねど高楊枝、そんな自尊心が彼に拒絶の言葉を強いた。たとえ食うに困窮していたとしても見栄を張って見せるのが武士というものなのだ。
「ひ、ひぇぇ~!
こ、これはとんだ失礼を申し上げました。
どうか、どうか、お許しを!」
すっかりと怯えてしまった百姓は、腰砕けになりながらも必死で彼へと謝罪する。
──と、まあここまでならば、よくある貧乏浪人と人の好い百姓のやりとりなわけだが──。
ぐぅ~~~。
張り詰めた場面に響いた間の抜けた音。
言うまでもなく、彼の腹の音だ。
「……………………」
「……………………」
「な、何をじろじろと見ておるっ!
早々に立ち去れ!」
顔を真っ赤に染め怒り出すその浪人に百姓は恐れをなして逃げだした。
そして翌日──。
「あっちゃ~。
もしやとは思ったけど、やっぱりこうなったか……」
空腹に堪えかねたのか、百姓の前での件に恥を感じたのか、それともその両方であったのか、その浪人は腹を斬って果てていたのであった。
「ま、まあ、お武家さまってなあこういうものなんだろうなぁ。なんとも世知辛い世界だべ。
はあ~、なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
この浪人だが、実家から縁者がその遺体を引き取りにくるかと思えばそれもなく、結果近所の寺に無縁仏として葬られることに。
おそらくは身内から恥ずべき者として縁を切られたものと思われる。
なるほど武士の世界は面子に縛られるもので世知辛いというのもその通りであろう。なんとも無情なものである。
とはいえ、時が経てばそんな彼のことも忘れられるのが世の常。況して身内の者がそれを望むというのならばなおさらというもの。そんなわけで、百姓も世間も彼のことをすっかりと忘れ去っていたのだが──。
「どひゃ~!
な、な、な、なんじゃこりゃ~⁈」
一年も経とうという年の瀬、恒例の餅つきの中でそれは起きた。
臼の中の餅が血のように真っ赤に染まっていたのだ。
「鈍い奴やなあ……。ボケっとして手でも叩かれたんじゃろ?」
「あ、阿呆ぉ! 誰がそんな鈍臭いことなんてするかっ!」
端に居た者がそんな風に呆れて笑うが、餅を捏ねていた彼は間の抜けたことなどしてはいない。
「お、おい、そんなことよりもこれを……」
そんなふたりのやりとりだが、もう一人の当事者たる相方とすればそれどころでなかった。
「うわあっ!」
「ひえぇっ!」
言われてふたりが臼を二度見れば真っ赤な液体がごぽりごぽりと溢れてくる。
「ままま、まさか⁈」
ここにきて百姓は思い出した。その年の鏡開きの日のことを。
急ぎ寺の住職が呼び出され読経によりそれは収まったが、その日以降この村では餅をつくと同様の現象が起きたという。
結局武士というものは死してなお世間を煩わすものらしい。
又聞きの話を元にアレンジした怪談であり、当然ながらフィクションです。(前向きの句も創作です)
聞いた話のオリジナルは『血を流す餅』(三元社[宮本常一編集])などと呼ばれるそうで、こちらは厳島合戦に敗れた陶晴賢方の落武者が原型らしいです。
※実はこの記憶もあやふやです。気になる方は自分で調べてみてください。




