37 アリィ以外
「アリィの記憶が無いってどう言う事なの?」
「全部が無くなった訳では無く、ある一部の記憶が無くなったようです」
「一部とは?」
アリィが目を覚ました!と皆が大喜びしたのも束の間、ある所からの記憶が無くなっているとマギィから報告を受けた一同は、アリィを診察したグラビティ侯爵家のお抱え医師に説明を求めた。
「その・・マーレン様には辛いと思いますが・・」
「勿体ぶらずに教えてくれ!」
アリィの現婚約者のマーレンが急かす。
医師は言いにくそうにしていたが、意を決したように話始めた。
「俺との婚約を忘れている?」
「マーレン様大丈夫ですか?!」
護衛で部下のレッドが青ざめたマーレンを心配する。それもそのはず、やっとアリィを蔑ろにしていた元婚約者と解消させて自分と婚約を結んだ所なのに・・
初恋の人と結婚出来る所まで来たのに・・
「まさかまだ奴と婚約していると思っているとは・・」
「ジョージと会わせてみたらどうですか?ショック療法ですけど」
「ダメだ!あの時の記憶まで蘇ってしまう・・」
奴に殴られた記憶が無くなったのは良かった。でも、マーレンとの婚約まで忘れてしまうとは・・
「とにかく今は安静です。身体が休まれば心も戻ります。無理に思い出させずに自然と思い出すように、良いですか?婚約する前のように接してくださいね」
約一名を除いて皆 はーい と答えたのだが、どうしても納得のいかないマーレンは、アリィの家族に無理を言って目覚めるまで側で付き添う事を許してもらった。
マーレンの目の前で眠るアリィは、特に変わった所もなく目覚めれば今まで通りマーレン様!と、呼んでくれそうだった。
のに、実際に帰ってきた言葉は
「私の婚約者ですか?ジョージ様です。ジョージ・ヘルン子爵令息です」
ショックを隠せなかったマーレンは初めて人前で涙を流して、そのままグラビティ侯爵家へと戻って行った。
マーレンを見送ったアンドリューとモルダンは、あまりの気の毒さに声も掛けられなかった。
それから三日後、いまだ記憶が戻らないアリィからマーレンへ手紙が届いた。
「明日から職場復帰をしたいそうですよ?マーレン様」
「誰が?」
「アリィ嬢です。家に閉じこもっていても記憶は戻らないから!と・・逃げないでくださいね!」
あれから七日が過ぎたがいまだに記憶が戻らないと、アンドリュー経由でチェリーから連絡が来ていた。
アンドリューはチェリーとの結婚の準備でロード家へ出入りしているのだが、その件でも
「お姉様!いつの間にアンドリュー様と婚約したのですか!?」
と、驚いており、トゥーエ嬢は言って良いのか分からず黙っているそうだ。
そんな彼女に対しどう対応して良いか困ってしまうが、目覚めたら状況がガラッと変わってしまった彼女の方が困惑しているだろう。
「マーレン様?」
「ああすまない。少し考え事をしていた」
悩む必要は無い。
「レッド、明日はアリィを迎えに行くぞ」
「えっ?それではアリィ嬢が困るのでは?」
「アリィに本当の事を話す。あとは彼女がどう考えるか、どう思うかを待てば良い」
そう、何も変わらない。
「十年以上待ったんだ。もう少し待つだけの余裕はあるさ」
「マーレン様・・。承知しました。ではさっそくロード家のアリィ嬢へ手紙を出しますね」
「頼んだ」
アリィへの気持ちをまた伝えよう。
記憶が戻っても戻らなくても良い。また最初から始めれば良いのだから。
「アリィ様、グラビティ侯爵家マーレン様よりお手紙が届いております」
食事が終わり部屋でゆっくりしていると執事のフレッドが手紙を持って現れた。
その手紙をマギィが受け取り私の元へと運んでくる。
きっと明日の事だろう・・と手紙を開封すると
「フレッド大変!マーレン様が朝ここまでお迎えに来られると書いてあるわ!!」
フレッドもマギィもここ最近では珍しくも無い光景だったので、アリィのこの反応に対し返事が遅れてしまった。
「どうして驚かないの?マーレン様がお迎えに来るのに・・」
「「そっ、それは大変です!!」」
反応がわざとらしくて怪しまれる。
それでも旦那様より 「この件の事は本人には伝えず、自然に記憶がもどるのを待とう 」と言われているので、二人とも怪しまれてもこの態度を貫こうとアイコンタクトした。
「取り敢えず、明日の朝の準備はお願いね。私も久しぶりに仕事へ行くから早めに帰ると思うわ」
「畏まりました。ではそのように準備しておきます」
フレッドは頭を下げると部屋から出て行った。
マギィはクローゼットへと向かったので明日の服を選びに行ったのだろう。
(あの時の、マーレン様の涙の理由を聞いたら教えてくださるかしら?)
クローゼットからなぜか聞こえるマギィの鼻歌を聴きながら、明日の事を考えていた。
「マーレン様から明日、自分の口から詳細を話す。と手紙がきたが、アンドリュー様は何か聞いているかな?」
アリィを除く家族全員がお父様の書斎に集まった。
「いえ、今日も彼とは会いましたがその事については何も言ってませんでしたよ」
婚約者であるアンドリュー様が答える。
正直家族としては、いつ本当の事をアリィに伝えるか!誰が伝えるのが良いか!を考えていたので、アリィの婚約者であるマーレン様が買って出てくれた事に一同ホッと胸を撫で下ろした。
「アリィの記憶が戻り、マーレン様との仲も良くなればいいが・・」
お父様が心配しているのは、グラビティ侯爵家との縁が切れる事だろう。
何だか癪だけどわたくしとしても、グラビティ侯爵家との縁は切りたくは無い。
一介の子爵家と由緒正しい侯爵家ではこの先、どう頑張っても縁など結べないのだから・・
「それは大丈夫ですよ!」
と笑いながらアンドリュー様が言う。
なぜそんなにも自信持って言えるのだろう?
「なぜそう言い切れるのですか?」
「ん?それは・・長年彼と一緒に過ごして来た勘かな?」
と、適当な感じで言われたわたくしは、なぜか腹が立って彼の足を踏んだのだった。




