47.2人のお仕事 その5~闇竜は黒かったよ
【闇竜】―あんりゅう
魔竜族で、肉食竜。
体は黒い鱗で覆われており、黒竜に酷似している。
特徴は、額から生えている水晶のような黒い角。
成長した個体ほど、角は大きく、鋭くなる。
主な攻撃手段は、闇の魔力を使って放つ魔力砲、『黒光(ダークブラスト)』。
威力は人間の使うそれを大きく凌駕し、幼い個体でも対抗するには最低5人を要する。
又、発射時に角が僅かに黒く光る。
―『魔獣大全 竜の章』より抜粋
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再び標的を捉えた2人は、竜の真正面に立っていた。
何故なら、竜はこちらが確認した時にはもうこちらを見ていたからだ。
つまり、やる気満々、である。
隠れても無駄なのは明白なので、動きをよりはっきりと見極めるためにも、狩人たちは敵の前に立った。
自由になった足で大地を踏みしめ、竜は叫ぶ。
「グガァァァァァァァッ!!」
「く…!」「…っ!」
森の木々だけでなく、空も震えているように感じる。
それは自身も僅かに震えているからだ、ということは、2人とも理解していた。
本来喰われる側の存在なのだから、当然の反応であった。
しかし、今はそんなことは関係ない。
自分たちは狩る側、相手は狩られる側。
それを今、闘うことで証明するのだ。
「じゃあ…始めるぜ…」
「ええ…久しぶりに本気でいかせてもらうわ…」
汗が頬を伝うのを感じながら、2人は一様に笑った。
…獰猛な笑みで。
「はぁぁぁっ!」「…ふっ!!」
いつも通りに、あくまでもいつもの様に、2人は地を蹴った。
同時に手にする武器が光り出す。
竜にぶつかる寸前で左右にそれぞれ跳躍、ハルバは真横に着いた瞬間に竜の体を駆け上がった。
「抱(ほう)·氷山!!」
そして、竜の肩を蹴って頭の真上から攻撃する。
その時には竜はハルバに向かって口を開いており、いつの間にか額の刃のような角が黒く光っていた。
「読めてる…!電光石火!」
そこへ、『いつもとは比べものにならないような』速度でハルバに続いて跳んでいたライニィが、竜の顔目掛けて炎と電撃の玉を撃つ。
「グギャァァ!」
「もらった!」
竜が怯んで声をあげると共に『氷柱』がその頭に直撃、一瞬で竜の体は氷山になったかのように凍りついた。
…確かに、凍ったが。
「終わらせ…なっ!?」「っ!?」
ライニィがトドメをさすべく大きく踏み込んだ瞬間、竜を凍らせていた物が『全て』溶けた。
そのまま氷が蒸発し、2人の視界を白いもやが包む。
「どうなった…?」
「……………」
沈黙。
狩人たちの視線が、敵がいたと思われる場所を中心に注がれてゆく。
…次の瞬間、勢いよく広げられた『赤い』翼がもやを吹き飛ばした!
「うっ!?…何だよ、コイツ…!?」
「まさか、『虹竜』(こうりゅう)…!?でもあの種族は基本色が白だし、そもそも来るはずがない…じゃあ、一体この竜は…!?」
晴れた2人の視界に飛び込んできたのは…その鱗から僅かな火気を発している、紅い竜。
竜は驚愕に動くのを忘れた愚鈍なる敵に向かって、その翼を振るった。
紅い風が吹き荒れ、2人を呑み込まんとして迫る。
「ぐっ!!」「く…っ!!」
ハルバは回避を考えることを放棄してひたすら魔力を愛鎚に注ぎ、ライニィは今の脚力を以て全力で離脱する。
風が収まった時、ハルバの周りのみが焼け野原のごとく地面が露出していた。
肩で息をしながら武器を構え直すハルバに、ライニィが寄り添うように移動、同じく構えをとる。
その腕はいつものほっそりした腕と同じ太さではあるものの、引き締まり方がまるで違う。
さながら、修羅のように。
「今の…『竜炎風』だよな…」
「ええ…しかも紅竜よりも速い風…せっかく『剛力無双』を発動してるっていうのに、接近しづらい…」
舌を打ち鳴らして、ライニィが言葉を継ぐ。
「…もうこうなったら、『使う』しかないわよ」
「ああ…流石にこれはマズすぎるからな…」
「グガァァァァァァァァァァッ!!!」
先ほどよりも大きい叫び声に2人の体がはっきりと震えだし、汗がとめどなく吹き出した。
それでも得物を握り締め、己の役割の誇りとこれまでの経験を総動員して無理やりそれらを意識外に弾き出すと、竜を睨みつける。
次第に2人の武器が大きく輝き始め、瞳に力と意志が宿る。
「…ぁぁあああああああっ!!!」
絞り出すような雄叫びと共に、ライニィは駆け出した。