32.その頃そこでは
「………………」
村はずれ、村を囲う塀の南門に、その人影はあった。
影が纏う黒装束は、その身を夜闇によく隠している。
影は、腰から月光によく映える刃を取り出し、その具合を確かめると、ゆっくりと周囲に気を配りながら歩き始めた。
スゥ…スゥ…。
まるで本当に影であるように…気配を断ちながら、地面に寝転がるその人物に近寄る。
そして、距離を確認して飛びかかろうとした、その時。
「止めとけよ、後悔するだけだぞ?失敗し、居場所を失う後悔と、……の後悔、2つな」
「………………」
影は何も言わず、屋根の上に視線を向ける。
そこには、淡く光を放つ白髪の青年。
見下ろす金色は、全てを知っているかのような、心まで見透かしてしまうような、涼やかな輝きを持っていた。
「ああ、言葉は要らない。お前が心で問いかければ、俺はそれに応えよう」
一瞬。
黒装束は、じりっ…という音を出して後ずさり、次の瞬間には青年に飛びかかっていた。
しかし、その結果は全く動いた様子の無い屋根の上の青年と、地に這いつくばる黒装束だった。
「……っ!?」
数瞬を経て何が起きたかを思考し始め、同時に激しい熱が痛覚に訴えかけてくる。
「…っ、ぁ…!!」
その様子を、青年は蔑むでもなく、貶すでもなく、ただ慈悲深き瞳で見つめていた。
悶える中でその金色を見た黒装束は、ふらふらと立ち上がり、すぅっ…と夜に溶け込んでいった。
「…よろしかったのですか?」
「ああ。…お前だったらどうしてた?」
いつの間にか青年の隣に立っていた女性は、艶やかな肢体で青年を後ろから抱きすくめ、青年の耳元で口を開く。
「勿論…貴方様と同じ、です」
「だろう?」
そんな女性を咎めること無く、さも当然であるような口調で応える青年を、女性は更に強く抱きしめる。
「ちょっと痛いんだが」
「良いではないですか、暫く会えなかったのですから…」
青年の瞳よりも薄い金色の髪から漏れる、女性の甘えた声に青年はため息をつき…ふいに夜空を見上げた。
「こんな夜は…アイツを思い出す…」
「…はい」
2人は満月を見上げ、同時に呟いた。
■ □ ■ □ ■ □
「そういえば…あの時も…」
「…ふにゅ…アレクス…お兄ちゃん…」
膝の上に頭を乗せて眠っているアワユを優しく撫でながら、アレクスは呟く。
その言葉は、少し離れた場所の2人と重なった。
「…セクリ…」