26.寡黙な旅人、来たる?
公国領の北端、フィエンゴの南にある森で、1人の青年が枝を手で無表情で払いながら歩いていた。
その気配は驚くほど感じられず、一度視線を外そうものなら森にとけ込んでしまいそうだった。
ふいに、青年は背中に下げた袋をつかみ、中身を確認した。
そして一言。
「…食料が欲しい」
そう、青年は飢えていた。
これでもか、というぐらい飢えていた。
具体的に言うならば、彼は既に5日間何も食していない。
なら水は?と思われるかもしれないが、彼は水に関してはとある理由で確保出来ているので、後は頬のこけ具合をどうにかしたいところだ。
そんな彼が更に歩いて20分ほどした頃、視界に入ったのは赤い木の実。
少しトゲトゲした形だが、そんなことは今の彼には些細過ぎることだ。
「あぁ…うぅ…」
どこか亡者を彷彿させるうめき声を出しながら、青年は木に登ろうとした。
が…
「グルルルルッ!」
「あうっ!?…フロスト、ベア…?」
「グルッ」
青年の前に割って入るように現れたフロストベアは、のっそりと立ち上がって木の実を枝から取った。
そして、おもむろに持ち上げると…
ぶんっ、べしゃっ!
「あ…木の実……ん?」
青年が絶望したような表情で木の実を見ていると、中からミミズのような虫が出てきて、ニョロニョロと体をくねらせていた。
「…ありがとう」
「ガウ」
青年はフロストベアに礼を言い、頭を撫でて、
…ドサ。
「グルッ!?」
フロストベアの頭に手を置いたまま倒れたのだった。
■ □ ■ □ ■ □
数時間後、フィエンゴにフロストベアがマントを着た青年を背に乗せてやって来て、村人達を大層驚かせたとか。
ちなみにフロストベアはハルバと知り合いらしく、青年を渡した後はしばらく彼と遊んでいた。