95.その雨の夜は長く 5
「ハルバから離れてっ!!」
「っ!」
横から現れたライニィが振り抜いた剣から放たれた電気の球は、2人が密着しているような状態とは無関係に真っ直ぐ黒装束に向かっていく。
球は人よりも遥かに速く、黒装束はハルバを盾にすることはせずに離れる。
「ハルバ、ハルバっ!」
離れたのを見ると、ライニィは黒装束を視界から外してハルバに飛びついた。
「ゆ…揺らされる、と…痛ぇよ…」
「ごめんなさい…来るのが遅れて…」
手にする『稲光』の柄を握りしめ、ライニィは俯いた。
濡れた黒髪がハルバにかかっており、2人の視界にはお互いの顔だけがある。
「今…アイツを倒すから、少し待ってて…」
優しく語りかけるライニィの目の奥には、並々ならぬ怒りと憎しみが渦巻いていた。
「…ん、ほどほどに…な…けふ、けふっ!」
「…ええ」
小さい咳と共に血を口の端から垂らすハルバをそっと寝かせ、ライニィは逃げなかった黒装束に対峙した。
「…魔法の気配は感じてた。水の魔法が使えるなら治癒魔法も出来るはずよ」
「……………」
『魔法大全』によると、水属性というのは『もたらす力』であるという。
通常水の魔法は空中の水蒸気などを用いて行使するのだが、単に『水を出す』時には魔力で無から水を創り出すことになる。
それと同じように無からの発生を肉体に行うと、魔力は活力を生み出し、活力は急激な再生力をもたらす。
水を出すことは水の魔術師が最初に学ぶことであるので、一般的に水の魔術師は全員治癒ができるのである。
「…標的を治すような奴は…まずいない」
黒装束が初めて口を開き、可能性を否定する。
その言葉に応じるのは、『陽炎』が抜かれる音。
「…構わない。するまでやれることは…いくらでもあるから!」
「っ!」
体をずらした黒装束を、燃える『陽炎』がかすった。