94.その雨の夜は長く 4
「はぁ……はぁ……」
「……………」
動きづらい。
相手の出方がわからない…先ほどの能力も不可解。
魔法を打ち消すなんて、しかも魔法を使わずにやってのけるなんて、魔法が使えない者がやれることであるはずがない。
監視の結果、身体能力は自分より上、対人経験は自分より下、ということは解ったものの…。
「はぁ………はぁ………」
動きを止めるのも、どこまで通じるかは不確定。
仕掛けた後に全力で、的確に動かなければならない。
しかし、悩む時間はもう無い…相方が来るとまずい…。
…術式構築、これを今まで何度やったろうか。
阻害不可能なほどの完成度ではないが、構築速度で負けるつもりは無い。
「……………」
…もう、仕掛けるしか、ない。
■ □ ■ □ ■ □
「…ごぶっ!…がっ!?」
水が狩人の体を逆流し、雨水が蛇のようにうねり束縛する。
短い刃を両手に、黒装束が突っ込んでいき、少年の体を狙う。
狩る者だろうと、強者の前では狩られる側でしかない…そんな相棒の言葉を思い出しながら、狩人は必死に激流の中をもがいた。
喰わなければならない、がしかし、既にこれ以上勢いを付けられずとも、刃は狩人に沈み込むだろう。
やらないよりは、やって何かが起こることに賭ける…この雨の中なら足を滑らすぐらいは期待したい、などと狩人は考え、意識を水と黒装束に向ける。
一瞬揺らぐ黒装束だが、勝ちを確信しているのか、軌道をそらすへまなどはしなかった。
(魔喰らい…っ!)
瞬間、その場の魔力が消え失せて吸い込まれる。
当然水の蛇も、こみ上げる水も止まる。
しかし、黒装束は止まらない。
そして…狩人は体に力が入らず、止まった。
刃は肉に垂直に入り、ずぶっ…と自身の脇から血を押し出す。
「…ぁ…っ…!!」
「っ…」
それは、どちらの声だったか。
小さな呻きは雨に飲まれ、どさりと重さを感じる音がわずかに響いた。
次いで、響いたものは。
「…ぁ…ハルバぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
…この夜一番の、悲鳴。