92.その雨の夜は長く 2
「私は下流に積むから、ハルバは上流を!」
「わかった!うんせ、っと!」
両肩に土嚢を3つずつ担ぎ、ハルバはオアゼ山の山道へと向かう。
山道と言っても、獣道を村人が辿って草が少ないだけである。
しかし、それが遠回りでも外れて迷うよりはましだろう。
その道を、雨という悪天候にもかかわらずハルバは跳ねるように進み、20分ほど歩いたころには川の上流にいた。
上流に土嚢を積むのは、言ってしまえば時間かせぎにすぎない。
下流に行く水量を軽減し、下で準備する時間を確保するのだ。
「よっ…と、さて急ぐか…っ!?」
―ゴポッ…
「っ!ごばっ!げほっ、げぼっ!」
突然表情を歪めたハルバは跪き、大量の真水を嘔吐した。
胃液が全く混ざっていない雨水よりも透き通る水が、途切れることなく吐き出され続ける。
「おぼ…!…っ!」
ハルバは水を吐くことを止めると、弾かれたように頭を上げた。
―パシャ…パシャ…
ごく小さな足音と共に、ハルバの目の前に黒装束に身を包んだ者が現れた。
その手の中では、鋭利なナイフが暗い夜の中で僅かな光を放っている。
「くっ…ぶはっ!?」
距離をとろうと立ち上がったハルバだったが、一歩下がったところで再び水を吐いた。
―ザァァァァ…
強い雨が、辺りを暗闇に閉ざしてゆく。
黒装束はハルバの頭に狙いを定め、ナイフを振り下ろした。