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溺るるは慟哭のヴィクティム  作者: 神宅 真言
序章:始まりの音と、来訪者
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  *


「御無沙汰しております、御師様。不義理ばかりで申し訳ありません……この度もせっかくお声を掛けて頂いたというのになかなか日程の調整がつかず、馳せ参じるのが遅くなりまして」


「いや気にせんでええ、多忙なのは承知しておるよ。それに今回、呼び立てしたのはこっちの方だ」


 昼下がり、戸が開け放たれ陽光の差し込む寺の本堂の中、その二人は向かい合って座っていた。深々と頭を垂れる青年に、いやいやと軽く手を振り住職は苦笑を漏らす。


 ──明松の娘がこの寺に助けを乞うてから、十日程が過ぎていた。あれから目を覚まし落ち着きを取り戻した明松の娘から詳しい話を聞いた住職は、その内容にやはり自分の予感が間違ってはいなかったと、再度受話器を手にしたのだ。


 住職が連絡を取った相手はかつての弟子であった。一度目、深夜の電話では仕事で出張していて掴まらず代理の者に伝言を頼んだ。しかし明松の娘の話に事態を重くみた住職は改めて連絡を試みた。何度かの空振りの末、ようやく昨夜、仕事を片付けた弟子と電話が繋がったという次第である。


 歴史在るこの寺、金剛寺の住職であるアガナ・アミダには二人の弟子がいた。


 一人目は僧侶としての弟子であり、子の無いアミダの跡を継ぐべく修練に励む身だ。事故で両親を亡くした彼はアミダに引き取られ、現在仏教系の大学に進み寮で生活している。


 そしてもう一方の弟子──それが今アミダの目の前に座している青年、カナエ・カナメである。


「──それで。わざわざ御師様が自分のような若輩者を呼び出すなど、どういった御用件が?」


 額にはらり零れた一筋の黒髪を後ろに長し、カナメは姿勢を正して真正面からアミダを見詰めた。その琥珀めいた明るい茶色の瞳が陽光を反射し、金にも似た色彩で煌めく。黒く上質な三つ揃えを纏った佇まいには一分の隙も無い。


 カナメもまた、アミダとは血が繋がっていなかった。それを証拠に切れ長の眼に浅黒い肌、端正に整った顔立ちなど何処もアミダと似た部分が見当たらない。強いて類似点を挙げるとするならば上背があるという箇所ぐらいだろうか。しかしそれも体格という面で見るならば、アミダは大柄で骨太、カナメはすらりとしなやかな体躯という風にやはり大きな違いがあった。


 アミダはいかつい顔をしかめカナメを見遣ると、胡座を組み換えて少しぬるくなった緑茶を一口啜る。


「電話でも少し話したが……明松家の娘が先日、夜中に突然寺に駆け込んで来よってな。殺される、次は自分の番だ、と酷く怯えて助けを乞うたのだ」


「殺されるとはまた物騒な話ですね。明松の、というと道子さんですか。自分も修行中に何度か話した事があります。ちなみに彼女は今何処に?」


「それが、嫁ぎ先は怖くて戻れぬ、かと言って実家には出戻れんと泣くもんでな。とは言え此処に置いておく訳にもいかん。心身も弱っておるようだし、伝手のある尼寺に頼んだ次第だ」


「ああ、それなら良うございました。しかし嫁ぎ先が怖いとは……確か、瑞池に嫁に行ったと聞きましたが」


「そう、その瑞池が問題でな」


「問題、……ですか?」


 眉をひそめながらも茶を啜るカナメの問いに溜息をつくと、アミダは瑞池についての事象をカナメに語って聞かせる。


「近年、どうやら瑞池では妙な事が多々起こっておるようだ。曰く、雨が降り止まぬ、人が消えた、死んだ筈の人が生きている、不気味な鳴き声が夜な夜な聞こえる……そして極めつけは」


 そこで一気に茶を飲み干すと、タンッ、と音を立てアミダは茶托に湯呑みを置いた。


「逃げて来た娘、明松道子には呪いが掛かっとったのだ。瑞池についての核心に触れるような事柄を話そうとすると、喋れなくなる呪いだ。無論、筆談も無駄でな、伝える事そのものが禁止されておった」


 驚きにカナメは大きく目を見開いた。ごくり、と知れず喉が鳴る。


「呪い……。それは、御師様にも解けぬ物だったのですか」


「無理だった。少なくとも、直ぐに解けるモンでは無さそうでな」


「現役を引退したとは言え、西日本随一の術士と謳われた御師様にも解けぬとは──」


「そこでだ!」


 狼狽するカナメに、アミダは人差し指を突き付ける。


「お前さんの出番という訳だ。カナメ、ちょっくら瑞池に行って、実際に何が起こってるのか調査して欲しいんじゃわ」


「自分が、ですか? 御師様ご本人では駄目なのですか?」


「わしは面が割れ過ぎとるでな、何か探ろうにも探れまいよ。しかしあそこはうちの寺とも縁の太い地、異変が起きとるならば早々に芽を摘まんといかん。おおごとになってからでは遅いでなあ」


 唇を歪ませて少し皮肉げに笑うアミダに、そういう訳でしたら断れませんね、とカナメは干した湯呑みをそっと茶托に戻した。一度大きく息をついてから、カナメは唇を引き結ぶ。


「このカナエ・カナメ、若輩者ではありますが、精一杯そのお勤め果たさせて頂きます──」


 そして深く、深く頭を下げたのであった。


  *


 この世は常に見えぬ脅威に晒され続けている。


 人にあだなす怪異、悪意あるあやかし、生を脅かす禍神、邪法を操る外法物達──陰ながら、それらと日夜戦い続ける者達がいた。


 古くは陰陽師と呼ばれ、符や術、神力やその身に宿りし力を用いて彼らは日本を守ってきた。術士や巫女や退魔師などと呼び名が変わろうとも、そして時代が移ろうとも、人の営みを守る、その一点に於いては変わる事は無い。


 アミダはそんな術士の一人であった。普段は一介の僧として仏事に携わる傍ら、いざ事が起こればその法力を惜しみなく奮った。既に一線からは退いたものの、その名はまだ界隈に広く轟いている。


 そしてアミダの術士としての弟子であるカナメもまた、そのような術士の一人。


 進む道が平坦ではない事を、その道程が苛烈である事を、カナメは知っている。知っていながらも尚、彼は未来を見据えていた。心に傷を負う者だからこそ、傷付く者の手を握り救う事が出来る──カナメはそう、信じていた……。


  *


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