第五十七話 前夜
オサムはアキを甲板に連れ出し、艦橋の冷たい壁にそっともたれさせた。 アキは肩を落とし、赤く腫れた目でうつむいていた。精神も肉体も限界に達しているのが、ひと目でわかった。
頭上には満天の星が広がり、天の川が淡く輝いていた。だが、夜の冷気が肌を刺し、オサムは身震いした。
「うぅ…寒いなぁアキ、見ろよ天の川だぜ」
「戦場でも同じ空だ」
暗い、とにかく暗かった、アキはずっと体育座りで下を向いている。オサムも少し嫌気が指した。
「はぁ……ちょっとは元気だせって」
「すまん、最近こんな感じなんだ」
「フィサリアのことか」
「多分」
「気持ちは分かるが、ソラに強く当たるのはやめろ、あいつはお前の事ずっと考えてくれてるんだぜ」
「わかってる、だけど」
足音がコツコツと聞こえてくる、恐らくホンダ艦長だ。
仮食堂からは飲み直し始めたのか、また騒がしくなっていた、ハッチを開け顔だけを出してアキを確認すると、空を見上げながら歩いてきた。
「綺麗だなぁ、戦争なんて忘れられそうだ」
「……」
「ソラ少尉泣いてたぞ、後で謝っておけよ」
「はい」
「こうなるのも俺たちのせいだ、すまん」
ホンダ艦長はアキに対して深々と頭を下げた。
急な展開にアキは驚きを隠せず、目を見開いていたまま硬直した。
「──え、なんで」
「まだ遊びたい年頃の子達が、戦争に巻き込まれてる。そのきっかけを作ったのは俺たち、大人さ」
「仕方ないです」
「でもアキは錯乱した、仕方ないなんて言える状況じゃないんだろう」
「……」
ホンダ艦長は艦橋にもたれ掛かり、タバコに火を付けた。
「あれで良いんだ」
何を言っているのか分からなくなり、ホンダ艦長を見上げた、艦長はガシッと手をアキの頭に乗せて、髪の毛をワシワシと撫でた。
「今は叫べ、辛かったら泣け!作戦が始まればそんな事言ってられる暇なんてねぇんだ、思う存分自分を曝け出せ!」
オサムは深く息を吸い込んだ。
「反国連軍も国連防衛軍もくたばりやがれぇぇ!!」
思いっきり叫んだ。
ホンダ艦長も笑いながら叫んだ。
「上は馬鹿ばっかりだぁぁぁ!」
アキはそれを見て少し微笑んだ。
「やっぱりこの部隊が好き」
ホンダもオサムもそのセリフを聞いて嬉しそうだった。
自分にとって正しい正義を──。
ホンダ艦長はアキに向けてそう言い放った、アキは納得した様に数回黙って頷いた。アキは満点の星空をようやく眺める事が出来た。
次の日
--ベース008 総合整備補給基地
国連防衛軍の誇る補給基地、艦艇から戦車、戦闘機などありとあらゆる兵器を生産している。アーセナルやヴァルキリーもここで進水した。
大型輸送ヘリが二機、ヘリポートへ着陸した。
黒い軍服を靡かせながら降りてきたのはヤガミ少佐とヤサカ大尉とセト隊長だった。
「どう言う事だ!あれだけの戦力を渡しておいて、まだ足りないと言うのか!」
司令室に怒号と机を叩く音が鳴り響く。
「はい、──なのであの空母をお譲り願いたく存じます」
「アーセナル・ヴァルキリー、メルキセデクの空母2隻、その他戦艦だけでも10隻近く配備している部隊は君達以外いない」
「わかっております」
「これ以上の戦力をどうするつもりだ!」
キリサメ准将は立ち上がりまた3人に怒号を浴びせた。
キリサメ准将
総合整備補給基地の司令
ほぼ全ての基地に補給しているだけあってか、顔が広い。部下が引くほど顔が強面だが、猫や苺が大好き。
「──ったく、譲れって簡単に言いやがって、金もそうだがあの空母は第七艦隊に引き渡すんだ、2番艦が居るならまだしも……まぁいい、話を戻そう、そこまでして何故欲しい」
セト隊長の痛々しい姿を見てつい目を逸らした。
本当ならすぐにでも渡してやりたい──、が、今の現状では第一艦隊のみにそこまで戦力を割いてやる事が難しかった。
「ベース001より我々第一艦隊は鯨迎撃の任務についております。准将ご存知の通り、あの鯨一匹に何隻もの艦艇、物資、人材を破壊されています。アーマーフレームが主軸になった今、それに適応する火力もしくは運用出来る手段が必要です、ですがまだまだ足りない」
「ふむ、で──、あの艦を渡せば堕とせるのか?」
横で聞いていたセトは頭を掻きながら偉そうに言い返した。
「そんな事分かるわけないでしょう准将、こちとら猫の手でも借りたいもんですわ」
「セト、貴様准将になんて態度だ!」
キリサメの秘書官が口の悪いセトに怒鳴った。セトはそれに動揺すら見せずに睨み返し、秘書官は少し引き気味だった。
「あんたら、現場しらねぇだろ。一体何人死んでると思ってんだ」
「うっ…しかし…!」
「トクマツ、ベース001、ベース228、第四艦隊救出作戦……、これ全部俺たちの大敗さ。戦闘機だの戦車だのそんなの無意味、今じゃロボットが殴り合ってるんだ。今の装備では絶対に勝てない、今だってなんとか抑え込んでる様なもんだ。この状況もいつか崩壊する、だからあの空母が今すぐにでも欲しいのさ」
無理に現場を知れとは言わねえ、今は無理だとしても色々挑戦したい、それは理解してくれよ。もう何人死んだか分からないんだ──。
「……」
「言いたい事はそれだけか?」
「はい」
「分かった」
キリサメ准将はそう言い放ち立ち去ろうとした。秘書は納得いっていない様で准将を引き止めた。
「空母を渡すのですか!!」
「やかましい!考えさせろ!」
「……っ!?」
怒鳴り散らされた秘書は3人を睨みつけた。
(八つ当たりかい)
「回答は後日だ」
そう言い部屋を後にした、秘書は呆然と立ち尽くしていたが、しばらくすると准将を追いかけて行った。
部屋に3人だけ残された。
「帰っても良いんだよな…?」
「帰ろ帰ろ、バカバカしい」
「相変わらずで安心しますよ、セト大尉」
「変わったのは腕だけさ、他は何にも変わっちゃいねえ」
どう返していいのか分からなくなってしまったヤガミ少佐はただ笑う事しかできなかった。
「ははは……」
「──もうすぐ始まるのか」
ヤサカ大尉は見上げた空は灰色に曇っており、これから起こる不吉なことをそれとなしに知らされている様な感覚だった。




