09
まだ、どこに行くかは決めていない。
フランソワーズは過酷な労働環境ではあるが、特別な力を持っていたため常に守られていた。
それがなくなり外の世界は危険がたくさんあることはわかっていたが、ここにいるよりはずっといいと思っていた。
にっこりと唇は弧を描いてはいるが、いつもの笑みとは少しだけ違うように思えた。
フランソワーズはステファンの掴んでいる手を無理矢理外してから笑顔で前を通り過ぎようとした時だった。
ステファンが持っている鞘がフランソワーズの行く手を阻むように目の前へ。
フランソワーズは折角のいい気分を邪魔されたことが腹立たしくなり、思わずステファンを睨みつけて剣の鞘を強く握った。
「君がこんなに感情豊かだったなんて意外だな。新しい一面を見ることができて嬉しいよ」
「わたくしも、こんな乱暴な方法で行手を阻まれたのは初めてですわ」
「僕は君と話をしたいだけなんだ」
「今は時間がありませんの。また今度にしてくださいませ」
「あはは、それは困ったなぁ……」
フランソワーズが無理矢理前に進もうとするのを笑みを浮かべながら引き止めるステファン。
このままでは埒が明ないと、フランソワーズはため息を吐いてステファンに訴えかけるように言った。
「わたくしは今すぐにこの国を出て行かなければならないのです。先ほどステファン殿下も会場にいたのなら、今のわたくしの状況がわかりますでしょう?」
「ああ、ひどい有様だったね。あのまま二人を問い詰めていたら君の優位に進んでいたはずだけど」
「……そうですわね」
「でも君は自分の身の潔白を最後まで証明することなく身を引いてしまった。それにこの準備周到な様子を見るに……フランソワーズ嬢は、自分の立場を捨てるつもりだったのかい?」
「……っ!」
フランソワーズの表情がわずかに動いたのを見たステファン。
こちらがしようとしていることをピタリとすべて当ててみせたからだ。
「君はこの国を出ていくんだね?」
決定的な言葉を吐くステファンに、フランソワーズの眉がピクリと動く。
「セドリック殿下からは婚約の破棄をされて、国外に追放されましたから。それにお父様にも手を差し伸べられることはない。義妹に立場を奪われた令嬢がどうなるかなんてわかりきったことでは?」
「……」
「わざわざ口に出さなければ、ステファン殿下は理解できませんか?」
苛立ったフランソワーズがセドリックにしたように煽ってみたとしても、ステファンはにこやかに笑ったまま表情一つ動かさない。
さすがというべきだろうか。
彼はフランソワーズが何を言いたいのかわかった上で、そう問いかけているのだろう。
「……これ以上の詮索は野暮かな」
「そうですわ。では、わたくしは忙しいので……っ」
フランソワーズがそう言いかけた瞬間、フランソワーズの体がフワリと浮いた。
「……え?」
「なら、僕に手伝わせてくれ」
ステファンに抱き抱えられているとわかったのは彼の顔が間近に迫っていたからだ。
透き通るような青い瞳に見つめられて、フランソワーズの心臓がドクリと跳ねた。
「随分と軽いのだな」
「~~~ッ!?」
驚きから声が出ないフランソワーズとは、ステファンは軽々と持ち上げてしまう。
「先ほどのドレス姿も素敵だったけれど、簡素な服装も似合うんだね」
「ス、ステファン殿下、降ろしてくださいませっ!」
フランソワーズは手足を動かしてバタバタと暴れていると、ステファンの後ろからフェーブル王国の騎士が二人現れる。
彼の指示を受けて一人はフランソワーズの荷物を持ち上げた。
それから一人は、足早でどこかに向かってしまった。