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「……!」
マドレーヌは正気に戻ったのだろうか。
言葉の意味がわからずにいたが、彼女の足先が宝玉のように灰になり崩れていくのが見えた。
足が消えて、マドレーヌは目に涙を溜めながらこちらに手を伸ばして助けを求めている。
「こんな物語はありえないっ、助けてぇ、助けなさいよ! たすっ……!」
そして口元まであっという間に崩れ去ってしまったことで、悲痛な叫び声はピタリと聞こえなくなる。
どうやら悪魔に乗っ取られていたマドレーヌは、宝玉と同じように灰になってしまう。
マドレーヌがいた場所には灰が積み重なっていた。
(マドレーヌは完全に消えてしまったの?)
しかしフランソワーズはわかっていた。
今まで祓った悪魔が取り憑いたモノは灰になり、二度と戻らないことを……。
彼女は恐怖と絶望感の中、物語からいなくなってしまった。
マドレーヌをずっと抑えていたイザークとノアもホッと息を吐き出している。
「フランソワーズ……?」
ステファンに名前を呼ばれたフランソワーズは顔を上げた。
すると彼はフランソワーズの汗で額に張り付いた前髪をすいた。
フランソワーズも左手を伸ばしてステファンの頬をなぞる。
「……フランソワーズが無事でよかった」
「ステファン殿下がわたくしに力をくれたんです」
そんなフランソワーズの手の甲を包み込むようにして、ステファンの手のひらが重なる。
フランソワーズは目を閉じて互いの無事を確かめ合っていた。
宝玉があった部屋から出ると、シュバリタイア国王や王妃、セドリックは唖然としていた。
灰になった宝玉を見て、どうやら脅威が去ったことは理解できたようだ。
三人は涙を流して喜び、手を合わせている。
セドリックに名前を呼ばれたような気もしたが、フランソワーズは無視して、その場を通り過ぎた。
フランソワーズはすぐにフェーブル王国に帰ることを提案する。
それはステファンからの圧が凄まじかったのもあるが、これ以上ここにいる必要性は感じなかったからだ。
城から出ようとすると、廊下には久しぶりに見る父親、ベルナール公爵の姿があった。
どうやら城で倒れていた中に、ベルナール公爵もいたようだ。
(マドレーヌを部屋から出すように説得でもしていたのかしら)
マドレーヌは灰になってしまったが、倒れていた人たちには影響はないらしい。
ステファンやオリーヴが呪いを受けた時と同様に、マドレーヌも悪魔の宝玉に触れてしまい呪われたのかもしれない。
ベルナール公爵はフランソワーズの行手を阻むように立ち塞がる。
しかしノアとイザークが前に立ち、ステファンもフランソワーズを庇うように前に立つ。
「お前は最高の娘だ! やりなおそう。私たちなら最高の親子に戻れるはずだ。そうだろう?」
「……失礼します」
「待ってくれ! フランソワーズッ」
フランソワーズは目を合わせることなく、その場を立ち去った。
今更、ベルナール公爵の言葉がフランソワーズの耳に届くことはなかった。
(驚きだわ……まさかお父様がこんな風に縋ろうとしてくるなんて)
フランソワーズは嫌悪感に身震いした。
フェーブル王国に帰る途中、街を巡っていたが人々は正気を取り戻したことに安堵していた。
今は壊れた街の復旧や怪我人の手当てに忙しそうにしている。
教会でフランソワーズたちに食料や寝る場所を提供してくれた人たちは、涙ぐみながら感謝していた。
人々が正気を取り戻したのを確認してフランソワーズたちが国を救ってくれたのだと確信したようだ。
フランソワーズを『救世主』と称えて、お礼を言う人々で溢れかえっていた。
フェーブル王国に到着すると、先に国に戻っていた騎士たちに事情を聞いたオリーヴやフェーブル国王、王妃たちが門の前で出迎えてくれた。




