33 ステファンside1
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「……フランソワーズ」
静かな部屋にステファンの呟く声が響いていた。
彼女は疲れもあり、眠ってしまったようだ。
フランソワーズの金色の美しい髪を、ひと束だけ持ち上げてそっと唇を寄せる。
フランソワーズに出会ったのは十年も前のこと。
シュバリタイア王国で開かれたパーティー会場だった。
真っ赤な上品なドレスを着て、背筋がピンと伸びて大人びていた。
彼女を初めて見た時のことは今でも鮮明に思い出せる。
(美しい……)
この世界に、こんなにも美しい少女がいるのかと思うと驚きだった。
オリーヴがよく持ち歩いていた人形のように整った顔立ち。
まったく動かない表情が尚更、そう見せたのかもしれない。
まだ幼いのにもかかわらず完璧に振る舞うフランソワーズは会場でも注目の的だった。
父に『お前も婚約者が欲しくなったのか?』と言われたのを必死で誤魔化すほどに、生まれて初めて異性が気になった瞬間だった。
隣国の王太子、セドリックの婚約者なのだと知ったのはすぐのこと。
その時のショックはかなり大きなもので、今思えばそれがステファンの初恋だったのかもしれない。
フランソワーズに一目惚をしたのだ。
しかし他国の王太子の婚約者に軽々しく声をかけるわけにもいかない。
ステファンはフランソワーズへの気持ちに強制的に蓋をしてなかったことにした。
そうするしかなかったのだ。
そのすぐ後にオリーヴが体調を崩してしまう。
なす術もなく、様々な治療法を探していた。
苦しむ妹をどうにかしたい。
その思いで片っ端から本を読んで病気について調べていた。
しかしそれが原因でステファンまで悪魔の呪いを受けてしまうことになる。
元凶となった本には誰にも触れられないようにして地下で厳重に保管されていた。
ステファンの受けた呪いはオリーヴとは違い、病で体が蝕まれることはなかったが、黒いアザは全身に広がり、強烈な破壊衝動と共に痛みが襲うようになってしまう。
やっと悪魔の仕業だと気づいた時には、もう手遅れだった。
国中から人を集めて悪魔を祓おうとしていた。
しかしそれは不可能だった。
ステファンは苦しむオリーヴをどうにかして救いたいと思い、解決策を模索していた。
すぐにシュバリタイア王国の名前が出てきた。
この世界で彼らほど悪魔祓いに詳しい者たちはいないそうだ。
シュバリタイア王国と聞いて、すぐに思い出したのはフランソワーズの姿だった。
フランソワーズの生家、ベルナール公爵家もそうだがシュバリタイアには王妃を筆頭として『聖女』という役割の女性たちが存在する。
すぐにシュバリタイア王国に助けを求めた。
もちろんステファンたちの件を公にすることはなく、悪魔祓いをしてほしいという理由で。
派遣された聖女から返ってきた言葉は『もっと力の強い聖女でなければ無理だと思います』と、いう言葉だった。
詳しい内情を明かすこともできずに、聖女をシュバリタイア王国に返すしかなかった。
大国故に弱味を見せるわけにはいかなかった。
それとなく力の強い聖女を、と頼んでみるもののシュバリタイア王国は『強い悪魔祓いの力を持つ聖女を長期間、外に出すことはできない』と言われてしまう。
国にとって重要なものを守る義務があるからだそうだ。
ステファンは聖女を外に出せない理由を考えていた。
(重要なもの……それはなんだろうか)
恐らくそれがシュバリタイア王国が悪魔に精通している理由なのだと思った。
フェーブル王国はシュバリタイア王国ほど悪魔という存在について詳しくはない。
国中の神官や悪魔祓いを名乗る人たちを集めてみてもどうにもならなかった。
自分たちがどうにかしてみようと様々なことを模索するものの、うまくはいかない。




